乳癌の治療における副作用としての記憶障害は、ケルセチンが正常化する
出典: Revista Brasileira de Farmacognosia 2023, 33, 153–163
https://link.springer.com/article/10.1007/s43450-022-00341-y
著者: Grandhi Venkata Ramalingayya, Jeena John, Karthik Gourishetti, Pawan Ganesh Nayak, C. Mallikarjuna Rao, Anoop Kishore, Sulaiman M. Alnasser, Shalam M. Hussain, Nandakumar Krishnadas
概要: ドキソルビシンという癌の薬があります。承認されてから30年近く経過したロングセラーで、乳癌・肺癌・胃癌・膵癌・結腸癌と幅広い効能効果がある薬です。しかし残念なことに、記憶力が低下する認知機能障害を誘発する副作用があります。今回の研究では、乳癌のラットをドキソルビシンで治療した際に現れた記憶障害の、ケルセチンによる正常化が実証されました。
メスラットに発癌物質を注射して、乳癌を発症させました。全部で27匹の乳癌ラットを9匹ずつ3群に分けて、50日間に渡って以下の処置を行いました。1) 処置を行わない。2) ドキソルビシン2.5 mg/kgを5日おきに注射。2) ドキソルビシン2.5 mg/kgを5日おきに注射し、かつ、ケルセチン50 mg/kgを毎日飲ませる。50日後に、乳癌の状況と記憶力を検査しました。
まず乳癌ですが、腫瘍組織の体積は1)が8.0 cm3で、2)と3)は3.5 cm3でした。ドキソルビシンの抗癌効果が証明され、ケルセチンを併用しても効果に影響がないことが分かりました。
記憶力の評価には、プールにラットを泳がせる、モリスの水迷路という実験をしました。プールには1カ所だけ浅い場所がありますが、水は濁らせておきます。従って、浅瀬の位置は見えず、周囲の景色から判断するしかありません。ラットには3日間の学習をさせ、浅瀬と周囲の景色を記憶させました。4日目を本試験に設定して、浅瀬に到達するまでの距離と時間を図りました。1) と3)はほぼ同等の結果となり、5.0 mと31~33秒でした。ところが2)では7.5 mと53秒となりました。空間位置を正確に記憶していれば、目的地により早く到達できるため、2)の遅れは空間記憶の低下を如実に物語っています。これがドキソルビシンの副作用であり、乳癌の縮小と引換えに、記憶障害が起こりました。
ラットの大脳組織を顕微鏡で観察すると、2)の神経は1)や3)と比べて、炎症を伴う神経の変成が著しく進行していました。ドキソルビシンがもたらした記憶障害の本質は神経変成であり、ケルセチンが持つ抗炎症作用が正常化した裏付けが取れました。
乳癌を治療しないと、命にかかわります。しかし、乳癌が治療できても記憶障害を発症しては、本末転倒です。命を取るか記憶障害を取るかという、二律背反に迫られても、ケルセチンは見事な解決策を提供しました。ケルセチンは、ドキソルビシンの抗癌効果を損なうことなく、記憶障害の副作用は失くしたのです。
キーワード: 乳癌、ドキソルビシン、副作用、記憶障害、ケルセチン、ラット