ケルセチンはまず腸内細菌叢を整え、その結果として脳損傷を改善する
出典: Biomedicine & Pharmacotherapy 2023, 158, 114142
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0753332222015311
著者: Jinglu Hu, Wencheng Jiao, Ziyan Tang, Chunqing Wang, Qi Li, Meng Wei, Shiyong Song, Lina Du, Yiguang Jin
概要: 放射線療法は、癌の治療に必須不可欠な手段ですが、腫瘍組織と同時に正常組織も損傷してしまう恐れがあります。特に脳の損傷は、予防や回復する方法が確立されておらず、早急に解決すべき課題です。今回の研究では、マウスの脳に放射線を照射して誘発した脳損傷は、ケルセチンが改善しました。さらに、ケルセチンが改善した仕組みの一部も解明されました。
まずマウスを、3種類のグループに分けました。脳に放射線を照射しない・放射線を照射してケルセチンを投与する・放射線を照射してケルセチンを投与しない、の3グループです。ケルセチンは、1日1回40 mg/kgを投与しました。その投与期間は、放射線照射の日と、その前後の3日間を合せた計7日に設定しました。
投与期間の終了後に、オープンフィールド試験という方法でマウスの行動を調べました。縦横が50 cmで周囲に50 cmの壁がある箱にマウスを入れた時の行動を調べます。マウスには新しい環境に探索する習性があるので、中央ゾーン(中心の25 cm四方)を歩き回りますが、不安感があると壁に張り付きます。一定時間内に中央ゾーンを歩いた距離は、非照射マウスが600 mmで、照射非投与マウスが170 mmで、照射ケルセチン投与マウスが440 mmでした。この結果は、放射線照射がマウスに不安感をもららし、自発的な行動が減少しましたが、ケルセチンの投与で悪影響を改善したことを意味します。また、照射非投与マウスの海馬は、非照射マウスと比べて炎症と組織の乱れが目立ちましたが、ケルセチンを投与すると正常近くまで回復しました。
次に、腸内細菌叢(生息する細菌類の分布)を調べたところ、放射線照射の有無が、明らかに違う傾向を示しました。すなわち、ファーミキューテス門が減少し、バクテロイデス門が増大していました。しかし、ケルセチンの投与はこのバランス異常を改善して、非照射マウスと同様の腸内細菌叢でした。
一見、脳損傷と腸内細菌叢は関連がなさそうですが、実際はどうなっているか解明すべく、次の実験を行いました。先程の照射ケルセチン投与マウスと同様に、脳に放射線を照射し、その前後3日間にケルセチンと同時に4種混合した抗生物質を投与します。抗生物質には細菌を死滅させる働きがありますが、少なくとも10種の門が存在した腸内細菌叢は、ファーミキューテス門とプロテオバクテリア門の2種になってしまいました。さらに、ケルセチンの共投与にも拘わらず、その改善効果が打消され、オープンフィールド試験における中央ゾーンを歩いた距離は110 mmでした。この結果は、腸内細菌叢が元に戻らない限り、脳損傷は改善されないことを意味します。
従って、ケルセチンが腸内細菌叢を整えた結果、脳損傷を改善した因果関係が明らかになりました。しかし、その理由までは解明されておらず、更なる研究が必要です。
キーワード: 放射線、脳損傷、マウス、ケルセチン、オープンフィールド試験、腸内細菌叢