発癌物質のベンゾピレンが破壊したDNA二重らせんは、ケルセチンが修復する
出典: International Journal of Molecular Sciences 2022, 23, 13125
https://www.mdpi.com/1422-0067/23/21/13125
著者: Min Kim, Seung-Cheol Jee, Min-Kyoung Shin, Dong-Hee Han, Kyung-Bin Bu, Seung-Cheol Lee, Bo-Young Jang, Jung-Suk Sung
概要: ベンゾピレンは自動車の排ガスや煙草の煙に含まれ、国際癌研究機関(IARC)がヒトに対する発癌性を認めています。厳密に言うと、ベンゾピレンが肝臓で変化した物質が発癌に直接関与しますが、ベンゾピレンを吸入する危険性に変わりはありません。今回の研究では、ベンゾピレンの発癌リスクをケルセチンが低減することと、その仕組みが明らかになりました。
肝臓におけるベンゾピレンの変換に着目して、ヒトの肝細胞を用いた実験を行いました。10 μMのベンゾピレンを作用させたところ、肝細胞の7割が死滅して生存率は30%となりました。10 μMのベンゾピレンと5 μMのケルセチンを同時に添加すると、生存率は80%に回復しました。ケルセチンの代わりによく似た構造のイソラムネチンという物質でも、同様に生存率の回復が確認できました。
次に遺伝子の変化を調べました。ベンゾピレンが7割の細胞を死滅させた時に、加える前より2倍以上、増えたり減ったりした遺伝子を調べました。また、ケルセチンやイソラムネチンが生存率を改善した時にベンゾピレンの単独投与時の比べて2倍以上、増えたり減ったりした遺伝子も調べました。これらを合計すると68個あり、それぞれを遺伝子のデータベースで調べました。驚くことに、約半分の31個が、遺伝子の本体であるDNAが壊れた時に発動する、DNA修復遺伝子であることが分かりました。
遺伝子は生命の設計図と言われますが、一つひとつの遺伝子が担当する蛋白質を作り、その蛋白質が生命現象を担います。特定した31個のDNA修復遺伝子が作る蛋白質を、今度は蛋白質のデータベースで働きを調べました。このデータベースでは、ある蛋白質に関して、他のどの蛋白質と相互作用するかが分かります。31個の蛋白質の中で、RAD51という蛋白質がグループ内の蛋白質と最も多く相互作用した中心蛋白質でした。そこで改めて先程の肝細胞を調べると、ベンゾピレンが7割死滅した時にはRAD51が20%に減少し、ケルセチンやイソラムネチンを共投与した際にはRAD51が45%と50%に回復していました。また、RAD51を阻害するB02という物質が存在すると、ケルセチンやイソラムネチンの働きが打消され、肝細胞の生存率は20%のまま回復しませんでした。従って、ケルセチンやイソラムネチンによるベンゾピレンの解毒効果の本質は、RAD51の上昇にありました。
RAD51はDNA修復遺伝子が作る蛋白質であることに着目して、肝細胞に存在するDNAも調べました。DNAには、二重らせん構造を有する特徴があります。二重らせん構造が壊れた単一鎖のDNAの相対量は、処置前の肝細胞を1とすると、ベンゾピレンの添加で4.9に上昇しましたが、ケルセチンやイソラムネチンは2.2に回復しました。二重らせんを形成しない単一DNA鎖は発癌に関与することが良く知られており、ベンゾピレンの発癌性を示唆する結果となりました。
キーワード: 肝細胞、ベンゾピレン、ケルセチン、イソラムネチン、DNA修復遺伝子、RAD51、二重らせん