ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ヒペロシドによるアルツハイマー病の改善・後編

出典: Redox Biology 2023, 61, 102637

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2213231723000381

著者: Lin Lin Song, Yuan Qing Qu, Yong Pei Tang, Xi Chen, Hang Hong Lo, Li Qun Qu, Yun Xiao Yun, Vincent Kam Wai Wong, Rui Long Zhang, Hui Miao Wang, Meng Han Liu, Wei Zhang, Hui Xia Zhang, Joyce Tsz Wai Chan, Cai Ren Wang, Jian Hui Wu, Betty Yuen Kwan Law

 

前編から続く

概要: 年をとるとアルツハイマー病を発症するマウスにて、ヒペロシドが記憶障害を回復した有望な結果が得られました。続く研究として、ヒペロシドが働く仕組みを解明すべく、マウスの脳組織の変化を詳しく調べました。ヒペロシド投与しないマウスの脳には、アミロイドβというアルツハイマー病の原因物質の蓄積が目立ちました。一方、ヒペロシド投与したマウスには、このアミロイドβが著しく減少していました。また、脳に存在する遺伝子にも大きな変動があり、ヒペロシドの投与の有無で最も発現量が違ったのは、カルシウムの挙動を司る遺伝子でした。アルツハイマー病の原因物質とカルシウム、この関連性を見出すための実験が続いて行われました。

HT22というマウスの海馬細胞に、30 μMの濃度でアミロイドβを添加すると、半分の細胞が死滅しました。アミロイドβの毒性が脳神経を破壊して記憶障害を誘発する、アルツハイマー病の症状を細胞でシミュレーションした実験です。ここへ20~80 μMの濃度でヒペロシドを添加すると、HT22の生存率は濃度依存的に改善され、50%から60~90%へ向上しました。また、HT22内のカルシウム濃度を調べたところ、アミロイドβが上昇させ、ヒペロシドの添加で低下することが分かりました。よって、アミロイドβによるHT22の生存率の低下とヒペロシドによる回復は、細胞内のカルシウム濃度と密接に関連することが明らかになりました。

細胞内にはミトコンドリアという部位があり、エネルギーを作る発電所のような役割を担っています。高過ぎるカルシウム濃度は、このミトコンドリアを損傷することが知られています。そこで、カルシウム濃度の上昇でHT22が死滅したのは、ミトコンドリアの異常だと見当をつけました。この仮説を検証すべく、次の実験を行いました。先程ミトコンドリアを発電所に譬えましたが、アミロイドβを作用したHT22のミトコンドリアでは、その電圧が大きく下がり、ヒペロシドが回復しました。正常なHT22が作る電圧を1とすると、30 μMのアミロイドβで0.1に下がりました。ヒペロシドの濃度を20, 40, 80 μMに上げると、その相対値は0.2, 0.3, 0.7に回復しました。また、ミトコンドリアにおける発電は、ATPという物質を産出して、エネルギーを貯蔵します。アミロイドβはATPの産出を約1/4に減らしましたが、80 μMのヒペロシドで60%程度に回復し、電圧の回復と良好に一致しています。ミトコンドリアの機能が損なわれると、生存に必要なエネルギーを作れなくなり、アミロイドβによるHT22の死滅が合理的に説明できました。

以上の結果は、海馬細胞内で上昇したカルシウム濃度を下げ、アミロイドβが低下したミトコンドリアの機能を回復したことが明確になりました。カルシウム濃度の正常化こそが、マウスの記憶障害の回復の本質です。

キーワード: アミロイドβ、カルシウム、ヒペロシド、海馬細胞、HT22、ミトコンドリア