新たに発見された、ケルセチンが癌細胞を死滅させる仕組み
出典: European Review for Medical and Pharmacological Sciences 2023, 27, 2580–2590
https://www.europeanreview.org/article/31795
著者: M. Zhang, A. Lu, H. Wang, J. Yang
概要: この連載で再三述べているように、ケルセチンは癌細胞を死滅させますが、その仕組みの詳細は不明な点が多いのが現状です。今回の研究で明らかにされたケルセチンの働きとして、HeLa細胞という子宮頸癌細胞にて、インターロイキン15なる蛋白質を減少しました。更に押し進めて、ケルセチンがどの様にしてインターロイキン15を減少するか、その仕組みも解明されました。
HeLa細胞にケルセチンを作用すると、濃度依存的にその増殖を抑制しました。10 μMのケルセチン濃度では約9割のHeLa細胞が生存していましたが、濃度を20 μMに上げると、生存2割、死滅8割になりました。さらに40 μMでは、生存1割、死滅9割となって、濃度が上がるにつれて生存率が下がる(死滅率が上がる)点が、濃度依存性の意味するところです。
ここまではケルセチンによるHeLa子宮頸癌細胞の死滅ですが、その仕組みを解明すべく、細胞内の遺伝子の変化を調べました。その結果、ケルセチン投与の前後で、IL15というインターロイキン15を作る遺伝子が半分になったことが分かりました。面白いことに、IL15遺伝子の発現状況には、先程の生存率とは違って濃度依存性がありませんでした。すなわち、生存率は10~40 μMの濃度で大きく変動しましたが、IL15遺伝子の発現量はケルセチン無投与時の半分で、濃度にかかわらず半分のまま一定でした。一般に、濃度依存性がないと、直接的な関与がなく、他に仲介物があると言われています。従って、ケルセチンはIL15遺伝子の発現を直接阻害せず、他に何かケルセチンが働きかける因子があり、その結果、IL15遺伝子の発現が半分になったと予想しました。
遺伝子の発現を左右する要因に一つに、遺伝子のメチル化という変化があります。遺伝子のメチル化とは、遺伝子に瘤をつけてしまうイメージです。瘤がついた遺伝子は、形が変わって別物になるため、もはや遺伝子としての働きが失われ、発現が半分になったと仮説を立てました。そこで、遺伝子に瘤をつける働きをする、DNAメチル基転移酵素の働きを調べました。10~30 μMの濃度でケルセチンは、DNAメチル基転移酵素の働きを活性化し、しかも濃度依存性があることも確認しました。また、アザシチジンというDNAメチル基転移酵素を阻害する薬物がありますが、これをケルセチンと組合せてHeLa細胞に作用しました。すると、ケルセチンがもたらしたIL15遺伝子の発現の低下は見られなくなり、元の発現量に戻りました。ケルセチンがDNAメチル基転移酵素を活性化する一方で、アザシチジンが阻害しては、IL15遺伝子に瘤をつけることが出来ません。
以上の様に、ケルセチンがHeLa子宮頸癌細胞を死滅させる仕組みは、DNAメチル基転移酵素の活性化を介した、インターロイキン15の低下であることが分かりました。インターロイキン15は、癌細胞を殺すナチュラルキラー細胞の生存に必要な蛋白質として知られていました。ゆえに、癌細胞の死滅にはインターロイキン15はむしろ、増加させるべきと考えられていました。今回の結果で、今までの常識が覆って、謎が謎を呼びましたが、いずれ全てが解明されるでしょう。
キーワード: ケルセチン、子宮頸癌、インターロイキン15、IL15遺伝子、DNAメチル基転移酵素