ケルセチンはマウスの珪肺症を改善する
出典: Current Issues in Molecular Biology 2023, 45, 3087-3101
https://www.mdpi.com/1467-3045/45/4/202
著者: Fei Geng, Lan Zhao, Yuhao Cai, Ying Zhao, Fuyu Jin, Yaqian Li, Tian Li, Xinyu Yang, Shifeng Li, Xuemin Gao, Wenchen Cai, Na Mao, Ying Sun, Hong Xu, Zhongqiu Wei, Fang Yang
概要: 珪肺症(けいはいしょう)とは、石英の粉塵を吸い込むことが原因で起きる肺機能障害です。初期段階の珪肺症にはほとんど自覚症状がありませんが、進行するにつれて咳と痰を伴う呼吸困難が現れます。珪肺症の特徴として、肺組織の線維化が挙げられます。本来の肺組織が線維物質に置き換わり、その結果、ガス交換という肺の働きを損なうのが線維化です。余談ながら、肝臓・腎臓・心臓でも線維化が起こり、いずれも機能に支障をきたします。今回の研究では、ケルセチンが肺線維化を抑制して、珪肺症を改善することが、マウスを用いる動物実験で示されました。
マウスの気管に石英の懸濁液を注入して、珪肺症を誘発しました。28日後に肺組織を調べると、しこりの形成と、線維物質の蓄積が目立ちました。これらは、石英を注入しない正常なマウスには見られない病変であり、珪肺症の進行を意味します。一方、石英を注入した後の28日間にケルセチン100 mg/kgを投与したマウスでは、しこりや線維物質は正常と同等のレベルに改善されていました。すなわち、石英に起因する珪肺症は、ケルセチンの投与で改善されました。
次に、変化の違いを知るべく、正常群・珪肺症群・ケルセチン治療群それぞれの肺組織を詳しく調べました。その結果、一酸化窒素合成酵素・アルギナーゼ-1・α-平滑筋アクチンという3種類の蛋白質に顕著な差がありました。一酸化窒素合成酵素とは炎症の度合いであり、正常群とケルセチン治療群とは同レベルでしたが、珪肺症群では約2倍に上昇していました。珪肺症による肺の炎症は、ケルセチンが回復したことを物語ります。アルギナーゼ-1は線維化を誘導する働きがあり、α-平滑筋アクチンは線維化で中心的な役割を担う蛋白質です。珪肺症群のアルギナーゼ-1は正常群の2.5倍でしたが、ケルセチン治療群は正常群の約1.3倍でした。正常と同等には戻らなくとも、ケルセチンは正常近くまで回復したことを意味します。また、α-平滑筋アクチンに至っては、珪肺症群で正常群の約10倍まで増大しましたが、ケルセチン治療群は正常群と同じレベルに回復しました。従って、ケルセチンによるマウスの珪肺症の治療効果は、中心的な症状である肺線維化の抑制であることが明らかになりました。
データをより強化すべく、MH-Sと呼ばれるマウス由来の細胞を用いる実験も行いました。MH-Sを培養する際に、二酸化ケイ素という石英の構成成分を加えました。すると、マウスの時と同様に、3種類の蛋白質が、細胞内で上昇しました。しかし、二酸化ケイ素とケルセチンを同時に加えると、これらの上昇が抑えられました。特にα-平滑筋アクチンは、同時投与により投与前のレベルより下がり、ケルセチンによる線維化の抑制効果がより鮮明になりました。
石英は地球の主要成分ですので、地球に住む限り程度の違いはありますが、誰でも石英の粉塵を吸っています。今回の成果で、ケルセチンは人類に共通のリスクを守る、強い味方に見えてきます。
キーワード: 珪肺症、肺線維化、ケルセチン、α-平滑筋アクチン、マウス、MH-S