ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンを確実に乳癌細胞へ届けるための工夫

出典: International Journal of Biological Macromolecules 2023, 242, 124736

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0141813023016306

著者: Jiao Sun, Min Li, Kexin Lin, Zhanbiao Liu, Zhe Wang, Wei Wang, Yinan Zhao, Yuhong Zhen, Shubiao Zhang

 

概要: この連載で再三述べていますが、ケルセチンには癌細胞を死滅させる働きがあります。しかし、癌細胞に届かなければ、ケルセチンを飲んでも有効性が得られず、宝の持ち腐れになってしまいます。今回の研究では、ケルセチンを確実に癌細胞に届けるにはどのような工夫が必要かが、乳癌に焦点を当てて検証されました。

乳癌細胞には、二つの特徴があります。一つは細胞の表面にCD44という蛋白質が過剰に存在すること、二つ目は乳癌に限らず癌細胞全般の特徴ですが、細胞の内部が弱酸性である点です。この二つの特徴を利用して、ケルセチンを乳癌細胞へ届ける工夫が展開されました。

CD44と高い親和性を持つ、ヒアルロン酸という多糖類があります。多糖類とは、数千個の糖が結合した物質で、澱粉やセルロースの仲間です。ヒアルロン酸を化学的に変換して、ケルセチンと親和性を持つ枝をつけました。この操作で、CD44に加えてケルセチンとも親和性のある新ヒアルロン酸が得られました。実際、新ヒアルロン酸とケルセチンを混合すると、ケルセチンを中心に周囲を新ヒアルロン酸が取り囲む集合体が得られました。このような集合体を「ミセル」と呼びますが、大きさがナノメートル(ナノとは10億分の1)のサイズのミセルは特別に「ナノミセル」という言い方をします。ちなみに、得られたミセルは80ナノメートルだったので、ナノミセルに該当します。

次に、新ヒアルロン酸-ケルセチンナノミセルの性質を調べました。中性および弱アルカリ性の水中では、ナノミセルは安定に存在しました。しかし、弱酸性ではナノミセルが崩壊して、72時間以内に約80%のケルセチンを放出しました。この結果は、乳癌細胞のCD44にヒアルロン酸が手繰り寄せれる形でナノミセルが接近し、中に入ると弱酸性でケルセチンを放出することが予想されます。

全ての準備が整ったので、乳癌細胞に新ヒアルロン酸-ケルセチンナノミセルを作用しました。その結果、1 μg/mLの濃度では30%の乳癌細胞が死滅しました。5 μg/mLでは50%の死滅、10 μg/mLでは80%と濃度依存的に増加しました。一方、正常細胞に1~10 μg/mLの濃度で新ヒアルロン酸-ケルセチンナノミセルを添加しても、生存率は100%のままでした。従って、正常細胞には無害で、乳癌細胞にのみ毒性を示すことが分かりました。

最後に、乳癌細胞を移植したマウスを用いる実験を行いました。80~100 mm3の腫瘍組織が形成されたのを確認し、尻尾に新ヒアルロン酸-ケルセチンナノミセルを注射しました。30日経過しても、腫瘍組織の大きさはほとんど変化がなく、注射しなかった際と比べて92%の阻害率でした。ナノミセルでない通常のケルセチンを注射した時の阻害率は58%でした。ケルセチンのままでも十分に有効ですが、新ヒアルロン酸とナノミセルを形成した工夫を見事に反映しています。

キーワード: 乳癌、ケルセチン、CD44、ヒアルロン酸、弱酸性、ナノミセル