ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンは切断されたDNA鎖の修復を阻害して、癌細胞に細胞死を誘導する

出典: Biomedicine & Pharmacotherapy 2023, 165, 115071

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0753332223008624

著者: Baochen Zhou, Ye Yang, Xuemeng Pang, Jingjing Shi, Ting Jiang, Xin Zheng

 

概要: ケルセチンが癌細胞を死滅させることは広く知られていますが、詳細な仕組みは不明な点が多いのが現状です。今回の研究で解明された働きとして、肺癌細胞にて遺伝子本体であるDNA鎖の切断に伴う修復を、ケルセチンが阻害しました。更に押し進めて、ケルセチンがどの様にDNA鎖の修復を阻害するか、その仕組みも明らかになりました。

ヒトの肺癌でよく見られるA549とH1299という癌細胞を題材に用いて、実験を行いました。また、肺の上皮組織を構成するBEAS-2Bという正常細胞も、比較のために用いました。それぞれの細胞に0~200 μMの濃度でケルセチンを添加した際の、DNA鎖の状況を比較しました。2種類の癌細胞では、ケルセチン濃度が50 μMでDNA鎖の切断が見られ始め、200 μMでは60~70%のDNA鎖が切断されました。一方、正常細胞ではケルセチンの濃度にかかわらず、DNA鎖は切断されませんでした。DNAは遺伝情報の担い手であり、DNA鎖が複製して細胞が増殖できます。DNA鎖が切断されると複製が不可能になりますので、細胞の増殖が阻害されます。実際、50 μMのケルセチンを作用した癌細胞は、24時間以内に30~40%が死滅しました。また、200 μMでは死滅率が60%以上に達しました。対照的に、正常細胞では死滅率が5%以下で、DNA鎖の切断は細胞の生存と深く関連しているのが分かります。

実は、DNA鎖の切断とは珍しい事ではなく、1個の細胞で1日に数万回の頻度で起こります。それでも生きているのは、切断されたDNA鎖が直ちに修復されるためです。むしろ、今回の実験のようなDNA鎖の切断が細胞死に直結する現象の方が例外で、DNA鎖の修復が機能していないことが示唆されました。そこで、2種類の癌細胞における、DNA鎖の修復を調べました。DNA鎖の修復には大きく分けて、相同組換えと非相同末端結合の2種類があります。相同組換えとは、同一の配列を持つRNA鎖が鋳型となって切断箇所を修復しますが、4種類の蛋白質が活性化して開始します。ケルセチンは4種類全ての活性化を、濃度依存的に阻害しました。また、もう一つの修復経路である非相同末端結合は、切断された末端を直接つなぐ修復法で、修復には末端に働きかける蛋白質を必要とします。ケルセチンは、この切断末端を認識する蛋白質の活性化も阻害しました。従ってケルセチンは、切断されたDNA鎖の修復法を、2種類とも阻害したことになります。

次に、ケルセチンの働きを更に解明すべく、不活性化したDNA鎖の修復に関与する蛋白質の上流を調べました。その結果、両方の癌細胞においてSIRT5という蛋白質が増加していることが分かりました。遺伝子操作によりSIRT5が発現しない癌細胞を用いて同様の実験を行った結果、ケルセチンの作用は打消され、ケルセチンを添加しても切断されたDNA鎖は修復されました。

よって、ケルセチンが癌細胞に効く仕組みが新たに解明されました。ケルセチンは癌細胞中のSIRT5を増やした結果、切断されたDNA鎖の修復を阻害して、細胞死を誘導しました。

キーワード: ケルセチン、肺癌、癌細胞、DNA鎖切断、DNA鎖修復、SIRT5