肝細胞癌の治療におけるイソラムネチンの活躍・前編
出典: Journal of Nanobiotechnology 2023, 21, 208
https://jnanobiotechnology.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12951-023-01967-3
著者: Huijuan Liu, Jingxia Han, Ying Lv, Zihan Zhao, Shaoting Zheng, Yu Sun, Tao Sun
概要: 肝細胞癌とは、肝臓組織を構成する肝細胞が癌化する病気で、肝臓癌の約9割を占めています。肝臓が沈黙の臓器と呼ばれるように、初期の肝細胞癌には自覚症状がなく、他の病気の検査で発見されることが多いのが特徴です。また、ウィルス性肝炎や肝硬変は、肝細胞を損傷するため癌化して、肝細胞癌を発症するケースも多く見られます。
今回の研究は、肝細胞が癌化すると正常時と比べてどう変化するのかという、素朴な疑問から始まりました。その結果、癌化するとYY1なる癌の転移にかかわる蛋白質が増えました。また、USP7というYY1の分解を抑制する蛋白質が、YY1の増加と連動して増加しました。癌細胞を遺伝子操作してYY1の発現を止めてもUSP7の発現には影響がありませんでしたが、反対に、USP7の発現を止めるとYY1の発現も止まりました。この事実は、1) YY1が存在しなくともUSP7は他の働きをすべく生存する、2) USP7が存在しないとYY1は分解して消失する、と解釈できます。実際、YY1とUSP7は癌細胞内では合体して存在しており、YY1の分解を妨げていることも分かりました。
次に、USP7の挙動を詳しく調べるべく、USP7の発現を止めるだけでなく、USP7を過剰に発現した癌細胞も調べました。USP7が過剰に発現すると、YY1も増加することは容易に想像できますが、実際その通りでした。また、癌の転移を抑制するE-カドヘリンという蛋白質は減少し、転移を促進するビメンチンという蛋白質は上昇しました。従って、USP7の過剰発現は、癌の転移を活性化することになります。言い換えれば、USP7の存在下ではYY1は分解されないため、やりたい放題に転移が増えることになり、肝細胞癌の重症化につながります。肝細胞癌の患者さんの平均生存期間を見ると、USP7もYY1ともに陰性で70.5カ月、USP7陰性YY1陽性で49.6カ月、USP7もYY1ともに陽性で33.5カ月でした。
以上のデータより、肝細胞癌の新しい治療法として、YY1とUSP7との結合を遮断してYY1を分解することを考案しました。両者の結合部位に合う形状を有し、YY1よりもUSP7と安定に結合する薬物が候補になります。薬草の構成成分を中心に天然物をコンピュータで探索したところ、イソラムネチンが最適解として合致しました。イソラムネチンを癌細胞に作用したところ、USP7の過剰発現の時とは反対に、E-カドヘリンは上昇し、ビメンチンは軽減しました。ゆえに、イソラムネチンによる癌細胞の転移阻害効果が示唆され、コンピュータによる予測は見事に的中しました。
イソラムネチンとは、ケルセチンが体内で変化した構造です。従って、ケルセチンを摂取すれば、体内ではイソラムネチンの形で存在することになります。では、イソラムネチンは肝細胞癌の治療に、どう貢献するのでしょうか?これを実証した実験は、続編で述べたいと思います。後編に続く
キーワード: 肝細胞癌、YY1、USP7、転移、イソラムネチン