肝細胞癌の治療におけるイソラムネチンの活躍・後編
出典: Journal of Nanobiotechnology 2023, 21, 208
https://jnanobiotechnology.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12951-023-01967-3
著者: Huijuan Liu, Jingxia Han, Ying Lv, Zihan Zhao, Shaoting Zheng, Yu Sun, Tao Sun
概要: どんなに健康な人でも、1日に約1000個の正常細胞が癌化します。それでも癌を発症しないのは、T細胞と呼ばれるリンパ球の一種が癌化した細胞を駆除するためです。しかし癌細胞には、T細胞を不活性化する働きが備わっています。癌細胞の表面にはPD-L1という蛋白質が存在し、T細胞のPD-1という部分に結合します。T細胞が癌細胞に捕えられたことを意味し、もはやT細胞が癌細胞を攻撃できなくなります。抗PD-1抗体という範疇の抗癌剤がありますが、T細胞のPD-1を認識して結合するため、癌細胞の結合ができなくなり、T細胞は攻撃能を取り戻します。このPD-1の発見により、本庶佑先生は2018年にノーベル生理学医学賞を受賞されました。
今回の研究は抗PD-1抗体ではなく、癌細胞側のPD-L1を認識する抗PD-L1抗体を対象に取上げました。癌細胞によるT細胞の不活性化を防ぐ点では、本庶先生のPD-1抗体と同じ原理ですが、抗体が癌細胞に作用する所に、イソラムネチンの活躍の場があります。
1000万分の1メートルの微小なシリコン球に、抗PD-L1抗体とイソラムネチンを担持しました。シリコン球は、抗PD-L1抗体とイソラムネチンという2種類の異なる薬物を同時に、癌細胞へ運ぶ役割です。すなわち癌細胞に接近すると、抗PD-L1抗体が付着してT細胞の攻撃を可能にし、一方でイソラムネチンは癌細胞内に入るので、前編で述べたYY1の分解促進が期待できます。
実験は、注射して肝細胞癌を移植したマウスを用いました。移植の9日後には腫瘍組織が100 mm3の大きさに成長したことを確認し、1) 薬物投与なし、2) イソラムネチン125 μgの投与、3) 抗PD-L1抗体1.52 μgの投与、4) 抗PD-L1抗体とイソラムネチンを担持したシリコン微小球の投与の4グループに分けました。4)で投与するイソラムネチンと抗PD-L1抗体の量は、2)および3)と同等になるようにシリコン微小球を設計しました。それぞれの薬物投与は3日おきに4回行い、移植から24日後における各グループの腫瘍組織の体積を比較しました。1)は380 mm3で、2週間で3.8倍に拡大しました。治療せずに放置すると、腫瘍組織が拡大し続くのが癌の特徴です。2)と3)は270および210 mm3で1)と比べると、ある程度は成長が抑制されたことが分かります。4) の腫瘍組織は150 mm3であり、抗PD-L1抗体とイソラムネチンとの併用で大幅な抑制効果を認めました。腫瘍組織中のYY1の発現量を調べたところ、4) は3)に比べて大幅に減少していました。よって、イソラムネチンがYY1を分解するという、当初の仮説は正しかったことになります。
以上、イソラムネチンは、抗PD-L1抗体を用いる肝細胞癌の免疫療法(T細胞を賦活化する治療法)の効果を増強することが、マウスを用いる動物実験で実証されました。
キーワード: 肝細胞癌、T細胞、抗PD-L1抗体、イソラムネチン、マウス、腫瘍組織、YY1