妊娠中における原油蒸気吸入の胎児への悪影響は、ケルセチンが軽減する
出典: Reproductive Toxicology 2023, 120, 108440
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0890623823001144
著者: Abbas Sadeghi, Kaveh Khazaeel, Mohammad Reza Tabandeh, Fereshteh Nejaddehbashi, Masoumeh Ezzati Givi
概要: 石油の流出は、代表的な環境事故です。流出領域付近の野鳥や魚介類が死亡するように、石油の毒性は広く知られています。毒性の高い成分ほど気化しやすく、蒸気の吸入が最も危険であり、除去作業に携わる方は防毒マスクの着用が必須です。今回の研究では、妊娠中のラットが原油の蒸気を吸入すると、胎児の骨の形成が阻害されることが示されました。しかしながら、ケルセチンを摂取すれば、蒸気吸入による悪影響を軽減することも同時に実証されました。
妊娠したラット24匹を、6匹ずつ4グループに分けました。1) 原油蒸気吸入なし、ケルセチン摂取なし、2) 原油蒸気吸入あり、ケルセチン摂取なし、3) 原油蒸気吸入あり、ケルセチン摂取あり、4) 原油蒸気吸入なし、ケルセチン摂取あり。2)と3)は、原油蒸気が充満した箱に1日5時間入れました。3)と4)には1日当り50 mgの投与量となるように、ケルセチンを混ぜた餌を与えました。原油蒸気とケルセチンによる処置は15日間継続しました。その後、胎児の間葉系幹細胞(以下、MSC)を採取して、その挙動の違いから、原油蒸気吸入とケルセチン摂取の影響を比較しました。
MSCとは一種の万能細胞で、骨・心筋・腱・脂肪・神経・皮膚の各細胞に変化できますが、今回は骨細胞への分化、すなわち、妊娠中に胎児の骨を作る過程に着目しました。
骨はカルシウムが豊富な器官ですので、骨形成の特徴にカルシウムの蓄積が挙げられます。MSCのカルシウムの蓄積を 1)~4)で比較すると、2)のみが極端に低く、他3グループの6割程度でした。また、カルシウムの蓄積を促進するALPという酵素がありますが、その活性を調べました。10 mg当りの力価を比較したところ、1)と4)は4単位、2)では3単位に低下しており、3)は中間の3.5単位でした。原油蒸気吸入はALPの活性を低下させ、その結果カルシウムの蓄積を鈍らせて、骨形成を抑制したことが2)の結果に現れました。しかし、ケルセチンを摂取していれば、原油蒸気の吸入にも拘わらず、正常に骨形成していることが3)が端的に示しています。余談ながら、このALPは健康診断の血液検査の定番です。肝臓でALPを産出して脂肪の消化に寄与しますが、肝機能に異常があると血液中に流出するので、検査の対象となっています。
次に、原油蒸気吸入で何故ALPの活性が低下するのか、ケルセチン摂取で回復するのは何故か、解明を試みました。先程はMSCを調べましたが、今度はMSCが分化した骨細胞を用いて、ALP遺伝子の発現量を比較しました。2)における発現量を1.0とした時の相対量は、1)と3)で1.3、驚くことに4)は1.5でした。従って、ケルセチンは本質的にALPの発現を遺伝子レベルで促進しているという事実を、データが物語っています。妊娠したラットが原油蒸気を吸入しても、ケルセチンによるALPの発現は継続しているため、胎児の骨形成には被害が及ばないと理解できました。
キーワード: 妊娠、胎児、原油蒸気、ケルセチン、間葉系幹細胞、骨形成、カルシウム、ALP