ケルセチンは硫酸銅の酸化ストレスから顆粒膜細胞を守る
出典: Animals 2023, 13, 2745
https://www.mdpi.com/2076-2615/13/17/2745
著者: Nannan Qi, Wenwen Xing, Mengxuan Li, Jiying Liu
概要: 硫酸銅は養豚にて発育促進剤として用いられていますが、生殖毒性があるため、長期間の投与は子豚が繁殖しなくなります。今回の研究では、硫酸銅で酸化ストレスを与えたブタの顆粒膜細胞を、ケルセチンが保護することが実証されました。なお、顆粒膜細胞とは、受精前の卵子を取り巻く細胞です。発育期には顆粒膜細胞が増殖して、排卵可能な状態にまで発達します。このように顆粒膜細胞は、子孫の繁殖のごく初期において必須不可欠の役割を果たしています。
ブタの顆粒膜細胞を高濃度(200 μM)の硫酸銅で刺激して、酸化ストレスの指標となるヘム分解酵素の発現を調べました。ヘム分解酵素とは、細胞が活性酸素種に晒された際に発現して、細胞を守ります。従って、ヘム分解酵素の発現の度合いが、酸化ストレスの程度を反映します。硫酸銅を加えた顆粒膜細胞ではヘム分解酵素の遺伝子発現が、添加前の14倍に上昇しました。ところが、硫酸銅と同時に10 μMケルセチンを添加すると、3.5倍に抑えられ酸化ストレスが軽減されました。
では、酸化ストレスはなぜ不利に働くのでしょうか?そこで、細胞内に存在して細胞に必要なエネルギーを作り出す小器官であるミトコンドリアの働きに着目しました。エネルギーを作るので、ミトコンドリアは「細胞の発電所」とよく言われます。実際、水素を燃やすと電気を発生する燃料電池と同じ原理でミトコンドリアは動いています。ところで、硫酸銅で酸化ストレスを与えた顆粒膜細胞では、ヘム分解酵素の上昇に加えて、ミトコンドリアが働きを失いました。生命の維持に必要なエネルギーが作れなくなるので、酸化ストレスは顆粒膜細胞を死滅させる要因になります。
実験は、JC-1という色素を用いて行いました。JC-1は電圧がかかると凝集して赤色を呈し、逆に電圧がかからないとバラバラになって緑色を呈する性質があります。正常なミトコンドリアでは電池と同じ機能がありますので、JC-1は凝集します。実際、硫酸銅を添加する前の顆粒膜細胞のミトコンドリアは、赤く光っており緑の部分がありませんでした。ところが、硫酸銅を加えて24時間経過すると、赤い部分が減り、緑が増えました。硫酸銅がミトコンドリアの機能不全を誘発したのが、この色の変化で分かります。一方、硫酸銅とケルセチンを同時に加えると、24時間経っても緑色はほとんど現れず、添加前の赤い状態を保ちました。ケルセチンが硫酸銅の悪影響を打消しました。
顆粒膜細胞が生存できなければ、受精可能な卵子が作れず、結果として子孫ができなくなります。豚を大きくしたい、でも子豚が生まれない事態は避けたい、養豚には深刻なジレンマがありました。今回の実験結果は、ケルセチンが顆粒膜細胞を硫酸銅の酸化ストレスから守るという画期的な発見です。養豚の世界に明るい希望を与えたと言えましょう。
キーワード: 顆粒膜細胞、硫酸銅、酸化ストレス、ミトコンドリア、JC-1、ケルセチン