中医学にヒントを得た、ケルセチンによる腹膜癒着の予防
出典: Journal of Ethnopharmacology 2024, 319, 117242
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0378874123011121
著者: Gan Li, Yiwei Ren, Enmeng Li, Kai Deng, Chao Qu, Junxiang Zhang, Li Zhang, Xingjie Wang, Jie Lian, Huayou Zhou, Zijun Wang, Tianli Shen, Xuqi Li, Zhengdong Jiang
概要: 腹部手術を行うと、胃腸などの臓器を覆っている腹膜が、離れてる筈の他組織とくっつくことが起こります。この現象は腹膜癒着と呼ばれ、腹部手術の約93%で見られます。腹膜癒着は腹膜が傷ついた際の応答であり、手術後の回復過程の一つと見なせるので、特別な害はありません。しかし、腹膜癒着が原因で腸閉塞を誘発すると、再手術が必要になります。今回の研究では、ケルセチンが腹膜癒着の重症化を予防することが、マウスを用いる実験で示されました。
中医学(中国で古来から実践されている病気の治療法)では、外科手術後に腹膜癒着を予防するために紅花(こうか)を注射します。紅花とは、赤色染料や食物油の原料となるベニバナを乾燥した生薬です。紅花の主成分がケルセチンであることに着目して、その作用を検証するための実験を行いました。
40匹のマウスを8匹ずつ5群に分け、以下の処置を行いました。A) 開腹を行い直ちに縫合する、B) 開腹を行い盲腸と周辺組織を出血する程度にブラシで10回ずつ擦った後縫合する、C) Bと同様の処置を行いケルセチン10 mg/kgを7日に渡り毎日投与、D) ケルセチン30 mg/kg以外はCに同じ、E) ケルセチン50 mg/kg以外はCに同じ。投与期間の終了後、解剖して盲腸の腹膜癒着の度合いを以下のようなランクをつけました。0: 腹膜は滑らかで癒着は全くない、1: 腹膜癒着は自然に剥がれる、2: 腹膜癒着は手で剥がせることが可能で出血しない、3: 腹膜癒着を剥がすために手術を要して出血する、4: 腹膜癒着を剥がすために手術を要する上に組織が損傷している。
結果はA群が8匹すべてが0ランクで、単に開腹しただけの手術では盲腸とその周辺を傷つけてないため、腹膜癒着を起こす余地がないことが分かります。反対にB群では4ランクが3匹、3ランクが4匹、2ランクが1匹であり、平均すると3.25となりました。出血するまでブラシで擦ったことが、腹膜癒着を誘発したことを端的に示しています。ケルセチン投与群の平均ランクは、C群が2.63(4: 1匹、3: 4匹、2: 2匹、1: 1匹)、D群が1.50(3: 1匹、2: 3匹、1: 3匹、0: 1匹)、E群が0.75(2: 1匹、1: 4匹、0: 3匹)という結果でした。ケルセチンの投与量が増えるのに従って、スコアが改善されて、腹膜癒着の重症化が予防できました。このような投与量と効果が相関する用量依存性が見られたので、ケルセチンが有効成分である可能性が高まりました。
ところで、腹膜癒着する原因は組織間の線維化です。腹膜癒着のランクが上がって容易に剝がれなくなるのは、線維組織が形成されるためです。そこで、線維化にて重要な働きをするTGF-β1という蛋白質の盲腸における発現の度合いを比較しました。A群の発現量を1とした際の相対比は、B群で9、C群で8.5、D群で4.3、E群で2.5となっており、腹膜癒着のランクと良好に一致しています。
以上の結果、中医学における紅花の有効成分はケルセチンであり、ケルセチンが腹膜癒着の重症化を予防したと結論できました。
キーワード: 腹膜癒着、中医学、紅花、ケルセチン、線維化、TGF-β1