新生児低酸素性虚血性脳症をケルセチンで改善する
出典: Food Science & Nutrition 2023, 11, 7649-7663
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/fsn3.3684
著者: Yan-hong Xu, Jin-bo Xu, Lu-lu Chen, Wei Su, Qing Zhu, Guang-lei Tong
概要: 新生児低酸素性虚血性脳症とは、妊娠中あるいは分娩時に、赤ちゃんの脳に酸素や血液の供給が不十分で起こる脳障害です。乳児期における死因の23%を占め、毎年70万~120万人が発症するのが、新生児低酸素性虚血性脳症です。今回の研究では、新生児低酸素性虚血性脳症における記憶障害と脳梗塞をケルセチンの投与で予防できることが、ラットを用いる実験で示されました。
生後7日のラット18匹の左頸動脈を糸で縛って、脳に血液が十分に行き渡らない状態を作りました。その後、酸素濃度が8%の箱に2時間入れて、低酸素の状況に置きました。この様にして新生児低酸素性虚血性脳症のモデルとしましたが、9匹ずつ2群に分けました。片方は7日間ケルセチン30 mg/kgを投与し、もう片方はケルセチンを投与しないで、その違いを比較しました。これとは別に、頸動脈の縛りもせず低酸素にも置かない新生児ラットを9匹用意して、正常ラットとしました。
生後28日目に、モリスの水迷路という記憶障害を調べる実験を行いました。ラットをプールで泳がせますが、プールには1カ所だけ浅い場所があります。水は濁らせてあり浅瀬が見えないので、周囲の景色から判断するしかありません。ラットには4日間の学習をさせ、浅瀬と周囲の景色を記憶させました。5日目(すなわち生後32目)を本試験として、浅瀬に到達するまでの時間を図りました。結果は正常ラットの12秒に対して、ケルセチン非投与群は48秒と4倍の時間を要しました。景色の記憶が不足していれば到達時間が余分にかかり、記憶障害の程度を示しています。ケルセチン投与群の到達時間は19秒であり、新生児低酸素性虚血性脳症による記憶障害を見事に改善しました。
記憶障害の実験が終了した後、各ラットの脳の状況も調べました。脳の血管が詰って、組織が壊死(組織を構成する細胞が死滅した状態)した部分を「脳梗塞」と呼びますが、脳全体に対する脳梗塞が占める割合を比較しました。当然ながら正常ラットに脳梗塞はありませんでしたが、非投与群の脳は34%が脳梗塞になっていました。しかし、ケルセチン投与群では15%に抑えられ、記憶障害だけでなく脳梗塞もケルセチンが改善しました。
脳組織で起きた変化を、更に詳しく調べました。その結果、正常ラットに比べて非投与群ではオートファジーという現象が盛んになりました。しかし、ケルセチン投与群では、オートファジーがもっと増えていました。非投与群の脳ではオートファジーを促進する物質が正常ラットの約4倍でしたが、ケルセチン投与群では6倍でした。オートファジーのオートは自動のオートで、「自ら」を意味します。オートファジーのファジーには「食べる」という意味があり、オートファジーは「自食作用」としばしば訳されます。自ら食べる対象は細胞内の傷ついた蛋白質で、形が変化した異常蛋白質を分解することが、オートファジーです。新生児低酸素性虚血性脳症を発症すると、異常蛋白質を分解して対抗しますが、不十分なので記憶障害と脳梗塞が起きました。しかし、ケルセチンはより多くの異常蛋白質を分解できるので、記憶障害と脳梗塞を改善できました。
キーワード: 新生児低酸素性虚血性脳症、記憶障害、脳梗塞、ケルセチン、オートファジー