鹿にケルセチンを食べさせて、香り成分を作る
出典: Integrative Zoology 2024, 19, 596-611
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1749-4877.12763
著者: Xinyu Bo, Jialing Chen, Jinzhan Mu, Xianggui Dong, Zhanjun Ren, Jinyao Liu, Shuhui Wang
概要: 麝香(じゃこう)とは、オスの麝香鹿(ジャコウジカ)から得られる香料です。ジャコウジカの腹部にある香嚢(こうのう)の分泌物を乾燥して麝香になりますが、香水の原料に用いられるほか、漢方薬にも生薬として配合されます。現状ではホルモン注射でジャコウジカの麝香の分泌を促進していますが、健康への悪影響が懸念されています。また、ジャコウジカは大変臆病な動物ですので、予期もしない注射でショック死するケースも見られます。そこで、餌による代替法が検討されていますが、今回の研究ではケルセチンが麝香の産出に役立つことが明らかになりました。
各種データベースで、ジャコウジカの麝香の分泌に関連する遺伝子を検索したところ、全部で1043個の遺伝子が見つかりました。その内の32%に当たる331個が、ケルセチンと関連する遺伝子でした。このデータから、ケルセチンを餌に配合して食べさせると麝香の分泌を活性化するという仮説を立て、実験で検証されました。1歳半のジャコウジカ28頭を7頭ずつ4群に分け、以下の条件で飼育しました。1) 通常の餌、2) 400 mg/kgのケルセチンを配合した餌、3) 800 mg/kgのケルセチンを配合した餌、4) 1200 mg/kgのケルセチンを配合した餌。
7週間後に、麝香に含まれるムスコンという香り成分の量を測定しました1)が3.2%、2)が3.3%、3)が4.0%、4)が2.5%でした。ケルセチンは多過ぎても少なすぎてもムスコンの含量は低下し、餌1 kg中に800 mgのケルセチンを配合した3)の条件が最適でした。先程、ホルモンが麝香の分泌を促進すると述べましたが、ホルモンとの関連も調べました。便中の男性ホルモンの量は、1)が220 pg/mL、2)が240 pg/mL、3)が280 pg/mL、4)が260 pg/mLとなり、麝香中のムスコンの含量と良好な相関関係を示しました。また、女性ホルモンの挙動は逆で、1)が55 pmol/L、2)が42 pmol/L、3)が36 pmol/L、4)が55 pmol/Lという結果でした。
以上のデータから分かることは、ケルセチンの配合量が0~800 mg/kgの範囲では、ケルセチン量を増やすに従って、ジャコウジカの男性ホルモンの分泌量が増え、女性ホルモンの分泌量は減少します。軌を一にするように、麝香中のムスコン量も、男性ホルモンと同じように変動しました。しかし、800 mg/kgがピークであり、これ以上ケルセチンの配合量を増やすと、逆の傾向を示しました。
以上の結果は、ケルセチンの投与がホルモン注射の代替えとして、安全かつジャコウジカにストレスを与えない麝香の生産方法となりそうです。
キーワード: 麝香、ジャコウジカ、ケルセチン、ムスコン、男性ホルモン、女性ホルモン