イソケルシトリンα配糖体は腸内細菌叢を整え、タウリンを増大して脳を活性化する
出典: Journal of Agricultural and Food Chemistry 2023, 71, 15991–16002
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.jafc.3c00897
著者: Hong Liu, Ryo Inoue, Mihoko Koyanagi, Shim-mo Hayashi, Kentaro Nagaoka
概要: ケルセチンの類似物質の一つに、イソケルシトリンがあります。ケルセチンに1個の糖が結合した構造です。このイソケルシトリンを酵素処理すると、さらに糖が増えたイソケルシトリンα配糖体が得られます。イソケルシトリンもイソケルシトリンα配糖体も、摂取すると腸で糖部分が切断され、ケルセチンの形で体内に吸収されます。今回の研究では、イソケルシトリンα配糖体を摂取したマウスは脳の働きが活性化され、その仕組みも明らかになりました。
まず、受動回避試験という記憶力を評価する実験を行いました。同じ大きさの箱を2個用意し、扉で仕切ってつなぎます。片方は照明し、もう片方は暗くします。暗い箱の底には電線が張り巡らしてあり、マウスが入ると、床に電流が流れて3秒間の電気ショックを与えます。まずマウスを明るい箱に入れますが、マウスには暗い場所を好む習性があります。しかし、暗い箱で痛い思いをした記憶があれば、明るい箱に留まる時間が長くなります。従って、明所滞在率が記憶力を反映します。試験を開始した時点では、イソケルシトリンα配糖体を摂取したマウスと摂取しないマウスとの間に差はなく、同等の記憶力でした。時間が経つと記憶は薄れますので、7日後の行動を比較しました。明所滞在率は、イソケルシトリンα配糖体摂取群が80%でしたが、非摂取群は20%に下がりました。
ここで、イソケルシトリンα配糖体が脳の働きを活性化したことが分かりました。次の実験では活性化の仕組みを解明すべく、腸と血液を調べました。腸内細菌叢(腸に生息する細菌類の分布)を調べたところ、イソケルシトリンα配糖体はアッカーマンシア属という菌種を増やし、非摂取群の2.5倍に達していました。一方、血液では、タウリンというアミノ酸と似た物質に違いがありました。摂取群のタウリン濃度が0.44 mMに対して、非摂取群では0.36 mMとなり、イソケルシトリンα配糖体によるタウリンの上昇が確認できました。面白いことに、腸内のアッカーマンシア属の存在量と、血中のタウリン量を統計処理すると、相関関係が認められました。さらに、脳で記憶を担う海馬という部分でも、イソケルシトリンα配糖体がタウリンを増大していました。すなわち、摂取群の25.23 μmol/gと非摂取群の21.02 μmol/gという、顕著な違いがありました。よって、イソケルシトリンα配糖体の摂取が腸内のアッカーマンシア属を増やし、血中のタウリン量が増えた結果、血液でタウリンが運ばれると脳が活性化する因果関係が示唆されました。
最後に、この因果関係の説明をより強化するための実験が行われました。バンコマイシンという抗生物質をイソケルシトリンα配糖体と同時に投与したマウスでは、アッカーマンシア属の増大がなく、血中のタウリンは反対に低下しました。そして最も重要な受動回避試験では、非摂取群と同等の明所滞在率となり、記憶力の向上効果が打消されました。よって、アッカーマンシア属→タウリン→記憶力の因果関係が示す、「腸-血液-脳軸」にイソケルシトリンα配糖体が作用して脳を活性化した仮説は、見事に実証されました。
キーワード: イソケルシトリンα配糖体、記憶力、腸内細菌叢、アッカーマンシア属、タウリン