植物が外敵から身を守る防御物質としてのケルセチン配糖体: 茶の木と尺取虫の場合
出典: Plant, Cell & Environment 2024, 47, 682-697
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/pce.14751
著者: Tingting Jing, Wenkai Du, Xiaona Qian, Kai Wang, Lanxin Luo, Xueying Zhang, Yanni Deng, Bo Li, Ting Gao, Mengting Zhang, Danyang Guo, Hao Jiang, Yuantao Liu, Wilfried Schwab, Xiaoling Sun, Chuankui Song
概要: 植物の体内では、ケルセチンそのものに加えて、ケルセチンに糖が結合したケルセチン配糖体も存在します。糖が結合したりしなかったりと、様々な形で存在する理由は不明な点が多いのが現状です。今回の研究では、茶の木と尺取虫からその一部が解明されました。茶の木の葉を乾燥すると、普段私たちが飲むお茶を入れるための茶葉が得られますが、木の葉を食べる害虫が尺取虫です。尺取虫の被害を受けた茶の木は、葉の収穫量が減る上、茶葉の質も低下することが知られています。
茶の木を栽培する農業の立場なら、殺虫剤で尺取虫を駆除するでしょう。しかし、茶の木は尺取虫に対して何もできないまま、一方的に食べられるのでしょうか?答えはノーで、茶の木には尺取虫から身を守る手段を持っています。尺取虫が侵入した茶の木の体内で起きた変化を調べる実験を行いました。その結果、時間とともにケルセチンが減り、ケルセチン配糖体は増えました。同時に、糖転移酵素と呼ばれるケルセチンに糖を結合する酵素が活性化しました。面白いことに、全部で9種類の糖転移酵素が活性化しましたが、UGT89AC1という酵素だけが際立って活性化していました。
次に、特殊な核酸を用いて茶の木がUGT89AC1を発現しにくい状態にしました。実際、UGT89AC1の発現量は通常の4分の1になりましたが、尺取虫が侵入してもケルセチン配糖体が増えなくなりました。通常の茶の木における、尺取虫の侵入後にケルセチン配糖体は1.8 mg/gでした。一方、UGT89AC1を発現しにくくすると1.1 mg/gとなり、ケルセチン配糖体は6割程度に下がりました。20時間に尺取虫が食べた葉の量を比べたところ、通常の0.06 gに対して、UGT89AC1の発現が減少した茶の木では0.12 gとなりました。この違いは、ケルセチン配糖体を産出した葉は、尺取虫が嫌がって食べなくなることを示しています。同様の傾向は、種の異なった茶の木間でも見られました。すなわち、UGT89AC1の発現量が極端に違う3種の茶の木を比べたところ、UGT89AC1の発現量と尺取虫が食べた葉の量とが反比例していました。
最後に、ケルセチン配糖体を混ぜた餌を尺取虫の幼虫に食べさせる実験を行いました。ケルセチン配糖体の配合量を0, 1.0, 2.5, 5.0, 10 mg/gと変え、12日後の幼虫の体重を測りました。その結果、16, 12, 11, 8, 6 mgと用量依存的に体重が減少し、成長の阻害を示しています。同じ実験をケルセチンで行うと、ケルセチンの配合量と幼虫の成長とは無関係でした。
以上の結果、茶の木がケルセチン配糖体を作る理由を、外敵である尺取虫から身を守るためと結論しました。尺取虫の侵入を感知した茶の木はUGT89AC1を活性化して、ケルセチンをケルセチン配糖体に変換します。防御物質であるケルセチン配糖体を蓄積すれば、尺取虫が葉を食べるのを防ぎ、たとえ食べてもケルセチン配糖体が尺取虫の成長を阻害します。
キーワード: 茶の木、尺取虫、ケルセチン、ケルセチン配糖体、UGT89AC1