ケルセチンによる豚流行性下痢の治療と予防
出典: Virology 2024, 589, 109923
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0042682223002428
著者: Ting Gong, Dongdong Wu, Yongzhi Feng, Xing Liu, Qi Gao, Xiaoyu Zheng, Zebu Song, Heng Wang, Guihong Zhang, Lang Gong
概要: 豚流行性下痢とはウィルス性の伝染病で、水様性下痢が特徴です。10日齢以下の子豚はほぼ100%死亡しますが、大人の豚は一過性の下痢で済むため、殺処分を要する家畜病ではありません。また、豚や猪に特有の病気ですので、人に感染することはありません。今回の研究では、豚流行性下痢に対するケルセチンの治療効果と予防効果が示されました。
豚流行性下痢ウィルス(以下、PEDV)に限らずウィルスは、自力で子孫を残すことが出来ません。宿主細胞と呼ばれる特定の細胞に感染して、その細胞が有する複製機能を使って初めてウィルスは増殖できます。PEDVの場合、増殖時に宿主細胞内の脂肪球が増えることが特徴です。実際、ベロ細胞というサル由来の腎臓の細胞にPEDVを感染させると、感染前には殆ど見られない脂肪球が、24時間以内に顕著に蓄積しました。また、普段は働いていないにもかかわらず炎症時には働くNF-κBという蛋白質も、PEDV感染で活性化していました。そこで、中性脂肪の生成を抑制し、抗炎症作用のあるケルセチンがPEDVの増殖を阻害するのではないかと仮説を立てました。
ベロ細胞/PEDV=1:1の比率で感染させた後、ウィルスが増殖する時に働くN蛋白質の挙動を調べました。余談ですが、新型コロナウィルスの抗体検査の時もこのN蛋白質を調べます。感染前には見られなかったN蛋白質は、感染3時間後あたりに見られ始め、6時間後には3時間後の2倍に増えました。更に、12時間後には6時間後にの2倍になり、24時間後には12時間後にの2倍となりました。しかし、PEDV感染と同時にケルセチンを80 μMの濃度で投与したベロ細胞では、各測定時点のN蛋白質は、ケルセチン無投与の1/6~1/3に抑えられました。ケルセチンの投与は、PEDV増殖の2大特徴である脂肪球とNF-κBにも現れました。24時間後における脂肪球の数は、ケルセチンが1/3に減少し、NF-κB活性化の指標となるリン酸化されたp65という物質の相対量は1/2となりました。以上の結果は、ケルセチンがPEDVの増殖を大幅に抑制したことを端的に示しました。
次に、生まれたばかりで授乳中の子豚を用いる実験を行いました。PEDVに感染した子豚6匹は、5日後に4匹に減り、翌6日後に2匹に減り、7日後には全て死滅しました。PEDVに感染しても毎日ケルセチンを投与した6匹は、5日後に5匹、翌6日後には3匹に減りましたが、9日後でも2匹生き残っており、延命効果を認めました。また、腸の炎症も3日後をピークに以降は軽減され、治療効果が示されました。ケルセチンの予防効果を検証すべく、感染した子豚と同じ部屋で飼育した子豚6匹の動向も調べました。病名に流行性とあるくらい伝染性が強い筈ですが、ケルセチンを投与すると、5日後に5匹、翌6日後には3匹に減りましたが、残った3匹はそのまま生き続きました。
従って、豚流行性下痢の治療と予防の両方で、ケルセチンの効果がありました。
キーワード: 豚流行性下痢ウィルス、ケルセチン、治療効果、予防効果、脂肪球、NF-κB、ベロ細胞