ケルセチンを用いて、カナマイシン耐性結核菌に対抗する
出典: The Protein Journal 2024, 43, 12–23
https://link.springer.com/article/10.1007/s10930-023-10165-x
著者: Logesh Radhakrishnan, Rahul Dani, Irfan Navabshan, Shazia Jamal, Neesar Ahmed
概要: 結核とは、結核菌に感染して肺を中心に炎症が起きる病気で、倦怠感・食欲不振・37度前後の微熱が持続します。結核は過去の病気と思う人が多いのですが、それは誤解です。現に2019年には、世界中で140万人の方が結核で亡くなり、1000万人の新規の結核患者が出ています。結核は「不治の病」と言われた時代もありました。20世紀の中頃に抗生物質を中心とする抗結核薬が登場すると、治療法が確立されました。しかし、抗生物質には宿命とも言うべき欠点があり、使い続けると抵抗力を獲得して薬が効かない耐性菌が出現します。その結果、未だに結核による死者が数多く存在します。今回の研究では、結核菌が産出するアイス蛋白質という抗生物質を効かなくする酵素の働きを、ケルセチンが阻害することが発見されました。
アイス蛋白質とは2007年に発見された比較的新しい酵素で、カナマイシン(結核の特効薬と呼ばれる抗生物質)の形を変えてしまう働きをします。形が変われば、もはやカナマイシンではないので、結核菌を殺傷できません。耐性菌はアイス蛋白質を分泌しながら、カナマイシンを変化させて生き延びます。それならば、アイス蛋白質の働きを抑える物質こそが、耐性菌に対抗する手段です。
そこでコンピュータを用いて、アイス蛋白質に親和性のある物質を探索しました。その結果、ケルセチンがアイス蛋白質における活性出現部位と、鍵と鍵穴のような親和性があることが示唆されました。
ケルセチンにはマイナスの電荷を帯びた箇所がありますが、活性出現部位にはアルギニン残基というプラスの電荷を帯びた場所が存在します。ケルセチンのマイナスの電荷とアイス蛋白質のプラスの電荷とが強力に引き付け合って、安定な結合を形成します。
ケルセチンとアイス蛋白質との高い親和性が示せたので、実際にケルセチンがアイス蛋白質の働きを抑制するかを確認する実験を行いました。カナマイシンは、結核菌だけでなく大腸菌やチフス菌にも効くことが知られています。しかし、アイス蛋白質を添加した大腸菌やチフス菌には、効力がありませんでした。アイス蛋白質によるカナマイシンの形の変化が示唆されました。なお、アイス蛋白質は結核菌が作る物質で、大腸菌やチフス菌にアイス蛋白質は作れないので、外から加えて実験しています。面白いことに、ケルセチンとアイス蛋白質とを共添加した大腸菌やチフス菌には、カナマイシンの抗菌力が復活しました。ケルセチンがアイス蛋白質の働きを抑えていることが、ここで初めて証明されました。アイス蛋白質が働かないため、カナマイシンは形が変わらずに、大腸菌やチフス菌を殺傷する能力を維持できました。
結核は不治の病ではなくなりましたが、年間死者数が示すように、人類の脅威としては継続しています。特にカナマイシン耐性が乗り越えるべき壁ですが、ケルセチンが解決策となりそうです。
キーワード: 結核、結核菌、耐性菌、アイス蛋白質、カナマイシン、ケルセチン