ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ピロリ菌による胃粘膜の損傷をケルセチンが軽減する仕組み

出典: Journal of Applied Toxicology 2024, 44, 641-650

https://analyticalsciencejournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/jat.4566

著者: Ziwei Wang, Xinxin Zhou, Xin Hu, Congru Zheng

 

概要: ピロリ菌とはヒトの胃に生息する細菌で、胃炎・胃潰瘍・胃癌の原因となります。胃潰瘍の患者さんの80~90%はピロリ菌に感染していると言われています。胃の内側には胃粘膜という組織があり、食物を消化する胃酸を分泌します。ピロリ菌は胃粘膜に炎症をもたらすため、胃にとって厄介な存在です。今回の研究では、ピロリ菌による胃粘膜の損傷をケルセチンが軽減することが発見され、その仕組みも解明されました。

胃粘膜細胞の一種であるGES-1という細胞がピロリ菌に感染すると、その生存率が減少しました。感染前に見られた細胞の自然死は5%程度でしたが、ピロリ菌の感染によって20%に跳ね上がりました。しかし、ケルセチンの存在下では、ピロリ菌に感染しても自然死は10%程度でした。ピロリ菌はまた、GES-1に炎症をもたらしました。IL-6という炎症誘導物質の濃度は、感染前後で70 pg/mLから360 pg/mLに急増しましたが、ケルセチンが存在すると120 pg/mLに留まりました。

ピロリ菌やケルセチンがGES-1細胞にどの様な働きかけをしたのか解明すべく、遺伝子への影響を調べました。その結果、LCN2という遺伝子に特徴的な動きを見出し、感染前の発現量を1とすると、ピロリ菌感染で3.5に上昇しましたが、ケルセチンの存在下では感染にも拘わらず1.6に抑えられました。また、ピロリ菌に感染した患者さんの胃粘膜を調べても、このLCN2が正常人と比べて多く発現している遺伝子であることが分かりました。続いて、RNA 干渉という手段を用いて、GES-1細胞がLCN2を発現しにくくなる状態を作りました。特殊なRNAがGES-1が持つゲノム(遺伝情報の全体)の中でLCN2に相当する部分に結合して(すなわち干渉して)、全遺伝子の中でLCN2だけを複製できなくします。得られたLCN2が発現しにくい状態のGES-1細胞にピロリ菌に感染させたところ、細胞死・炎症ともに、ケルセチンが存在した時と同程度にまで軽減しました。よって、ケルセチンの細胞死と炎症の抑制作用は、ピロリ菌によるLCN2発現の阻害に基づくことが明らかになりました。

次に、ケルセチンがどの様にしてLCN2発現を抑制するのか知るべく、LCN2の挙動を詳細に調べました。その結果、SP1という蛋白質がLCN2に結合することが分かりました。SP1は先月の結腸癌細胞の話題でも登場しましたが、転写因子というグループに属します。LCN2はSP1が結合して始めて発現できますが、ケルセチンはSP1の働きを阻害することが知られています。実際、SP1を過剰発現させたGES-1細胞では、ケルセチンの細胞死と炎症の抑制効果が弱められました。ケルセチンが阻害できるSP1の量よりもはるかに多くのSP1が存在するためです。

これで全ての仕組みが解明されました。ケルセチンはGES-1細胞にてSP1を阻害して、SP1がLCN2に結合できなくしました。その結果、LCN2が発現しなくなり、ピロリ菌による細胞死と炎症が抑制されました。

キーワード: ピロリ菌、胃粘膜細胞、GES-1、ケルセチン、LCN2、SP1