ケルセチンは腸内細菌叢を介して、糖尿病性網膜症を改善する
出典: Nutrition Research 2024, 122, 55-67
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0271531723001239
著者: Yaojie Liu, Yibo Gong, Mengting Li, Jianke Li
概要: 糖尿病性網膜症は、糖尿病腎症と糖尿病神経症と並ぶ糖尿病の三大合併症であり、失明原因の上位に位置します。網膜とは光を受取り、脳の視神経に刺激を伝達する組織です。糖尿病で血糖値が上昇すると、高濃度の糖が網膜組織を傷つけ、網膜の機能が低下するのが糖尿病性網膜症です。今回の研究では、ラットの糖尿病性網膜症をケルセチンが改善することが実証されました。
ラットにストレプトゾトシンという膵臓毒を飲ませて糖尿病を誘発しました。糖を栄養源として使うインスリンが働かなくなるのが糖尿病ですので、そのインスリンを作る膵臓に毒を与えて人工的に糖尿病のラットを作ります。糖尿病になったラットの網膜機能を、網膜電図で調べました。網膜電図とは人間の検査にも使いますが、光を感じた際に網膜が発生する起電力を測定します。網膜が視神経に伝達する信号を電気的に取り出しますが、糖尿病のラットの電気信号は、正常の39%に低下しました。この事実は、網膜が視神経に伝達すべき情報量が39%に減ったことを意味しますので、その分網膜の機能が低下しており、糖尿病性網膜症の本質を示しています。しかし、ケルセチンを投与したラットでは、網膜電図で測定した電気信号が用量依存的に回復しました。すなわち、ケルセチンを40, 80, 120 mg/kgの用量で12週間投与したラットの電気信号はそれぞれ、正常の51, 61, 70%でした。また、網膜外核層の厚さを比較すると、正常で64 μm、糖尿病で54 μmのところ、ケルセチンの投与は低・中・高の順に57, 59, 60 μmへ回復しており、損傷が軽減されました。
糖尿病性網膜症だけでなく、ケルセチンは糖尿病そのものも改善しています。糖尿病の病態を示す血糖値は、正常で90.4 mg/dL、糖尿病で320.5 mg/dLのところ、ケルセチンは267.2, 231.5, 185.8 mg/dLと用量依存的に低減しています。
面白いことに、糖尿病性網膜症の改善は、腸内細菌叢(腸に生息する細菌類の分布)と深く関連していました。腸内細菌叢を調べると、糖尿病のラットではファーミキューテス門という細菌群が増え、バクテロイデーテス門という細菌群が減りました。同様の傾向は生活習慣病、特に肥満でも見られますが、ここでもケルセチンが用量依存的に改善しています。ファーミキューテス門とバクテロイデーテス門の存在比を調べたところ、正常ラットの1.0に対して、糖尿病では3.3に上昇してバランスの崩れが顕著でした。ケルセチンの投与は、低・中・高の順に1.5, 1.2, 1.0 と正常に近づけました。
最後に、糖尿病性網膜症と腸内細菌叢との関連を調べる実験を行いました。抗生物質を投与して腸内細菌叢の影響をなくす状態を作りました。抗生物質は細菌を死滅させる薬ですので、数種の抗生物質を投与すると、腸内が無菌に近くなります。抗生物質とケルセチンの投与を同時に行う以外は、先程の120 mg/kgのケルセチンを投与した条件でデータを取得しました。抗生物質の同時投与は、ケルセチンが示した網膜電図・網膜外核層の厚さ・血糖値・ファーミキューテス門とバクテロイデーテス門の存在比すべての改善効果がなくなり、糖尿病と同じ値になりました。
従って、ケルセチンはまず腸内細菌叢を整え、その結果、糖尿病と併発する糖尿病性網膜症が改善されるという因果関係が、初めて明らかになりました。
キーワード: 糖尿病性網膜症、ケルセチン、網膜電図、血糖値、腸内細菌叢、抗生物質