ケルセチンが大規模な培養肉生産に寄与する可能性
出典: Current Research in Food Science 2024, 8, 100678
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2665927124000042
著者: Syed Sayeed Ahmad, Jeong Ho Lim, Khurshid Ahmad, Hee Jin Chun, Sun Jin Hur, Eun Ju Lee, Inho Choi
概要: 培養肉とは、動物の可食部の細胞を体外で組織培養して得る食用肉です。現在80億人の世界人口は2050年までに90億人に達すると見込まれ、食糧供給が逼迫した課題です。しかし、牧畜が可能なスペースは限られており、代替食としての培養肉が注目を集めています。牛一頭が育つまでには約2年の年月を要しますが、同量の培養肉は約2か月で得られるため、生産効率が良いのが特長です。今回の研究では、ケルセチンが培養肉のための組織培養の効率を促進することが発見されました。
組織培養には衛星細胞という特別な細胞を用います。衛星細胞とは普段は休眠しており、筋肉組織で細胞が損傷した時のみ、再生すべく働きます。面白いことに、筋肉組織から単離した衛星細胞を培養すると、正反対の性質を示して増殖が盛んになり、やがて筋線維を形成します。食肉の9割を占めるのが筋線維(残りの1割が脂肪組織)ですので、ウシの衛星細胞を培養すれば、牛肉が作れる説明となります。衛星細胞が休眠するのは、ミオスタチンという蛋白質が働いているためです。従ってミオスタチンは筋肉形成の抑制物質と見なせます。単離した衛星細胞にもミオスタチンが存在しており、筋肉形成の実行と抑制のバランスを取っています。ミオスタチンの阻害物質を加えて培養すれば、このバランスが崩れて筋肉形成がより活性化します。コンピュータによるシミュレーションの結果、ケルセチンはミオスタチンを強力に阻害すると予測されました。
ケルセチンの濃度を0, 1, 10, 100, 1000 μMと変えて、ウシから採取した衛星細胞を培養液に添加しました。筋肉の形成の指標であるクレアチンキナーゼという酵素の量を測定しました。ケルセチン無添加時の量を100%とすると、106%, 113%, 110%, 103%となりました。予測どおりケルセチンはミオスタチンを阻害して、衛星細胞から筋線維を形成しました。しかし、10 μMが最適濃度であることまでは予測できず、実験にて初めて明らかになりました。衛星細胞から筋線維までの間には多くの段階を経由しますが、その第一段階として、衛星細胞は筋芽細胞という細胞に分化(別の細胞への変化)します。筋芽細胞への分化を担う遺伝子の発現を調べたところ、10 μMのケルセチンを添加すると、3種類全てが1.5~1.8倍になりました。
ブタやニワトリ由来の衛星細胞においても、ウシの時と同様な傾向を示しました。ただし、ケルセチンの最適濃度は10 μMではなく、両者とも100 μMでした。また、ケルセチン濃度を10 μMで一定にした時のクレアチンキナーゼの量は、ウシ113%(前出)、ブタ129%、ニワトリ109%であり、ケルセチンは豚肉と相性が良さそうです。
牛のげっぷにはメタンガスが含まれ、地球温暖化の原因となる温室効果はCO2の25倍と言われています。ケルセチンを用いる培養肉が実現すれば、食糧問題だけでなく地球環境にも貢献出来そうです。
キーワード: 培養肉、衛星細胞、ミオスタチン、ケルセチン