シスプラチンの副作用である聴器毒性は、ケルセチンが軽減する
出典: Chemico-Biological Interactions 2024, 393, 110939
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0009279724000851
著者: Tian-Lan Huang, Wen-Jun Jiang, Zan Zhou, Tian-Feng Shi, Miao Yu, Meng Yu, Jun-Qiang Si, Yan-Ping Wang, Li Li
概要: シスプラチンという、汎用されている抗癌剤があります。幅広い種類の癌に効能効果があり、40年近い販売実績にあるロングセラーですが、聴器毒性に代表される副作用もあります。難聴になっても癌で命を失うよりはましですが、残念ながら、シスプラチンによる耳の不調を治療する方法はありません。今回の研究では、シスプラチンによるマウスの聴器毒性をケルセチンが軽減しました。
マウスを4群に分け、以下の処置を行いました。1) 比較対照として薬物投与なし、2) シスプラチン6 mg/kgを毎日投与、3) シスプラチン6 mg/kgとケルセチン50 mg/kgを毎日投与、4) シスプラチン6 mg/kgとケルセチン100 mg/kgを毎日投与。7日間の投与期間が終了した後、聴力検査を行いました。人間の検査では「音が聞こえたらボタンを押して下さい」という指示が出されますが、マウスでは言葉が通じないので、脳波を調べます。耳で受け取った刺激を神経が脳に伝えるのが、「音が聞こえる」現象です。この時には、脳波が応答します。5デシベルの音から始め、徐々に音を大きくしながら、脳波が応答すれば聞こえていると判断します。1)では30デシベルで脳波が応答しましたが、2)では65デシベルでした。従って、シスプラチンの投与で30~65デシベルの音が聞こえなくなりました。3)と4)における聞こえ始めの大きさは45および40デシベルで、ケルセチンによる改善効果を認めました。
音を受け取る場所として、耳の奥に蝸牛管(かぎゅうかん)という組織があります。蝸牛とはカタツムリのことですが、渦を巻いた形状から蝸牛管という名前になりました。1)の蝸牛管はきれいな層状をしており、境界が明確でした。とこでが2)では境界が分からない程、蝸牛管が損傷していました。3)は2)に比べて損傷が緩和され、4)はさらに良くなりました。シスプラチンの投与で音が聞こえ難くなった根本は、蝸牛管の損傷でした。また、ケルセチンが損傷を回復したことも確認できました。
次に、なぜ損傷が起こるかを知るべく、蝸牛管を構成する周皮細胞という細胞を調べました。周皮細胞1 mgの中に存在するSODという蛋白質の量を比較したところ、1) 28 単位、2) 17単位、3) 26 単位、4) 29単位という結果になりました。SODとは活性酸素種(空気中の酸素がより反応性の高い状態に変化した組織を損傷する原因物質)を除去する物質です。従って、蝸牛管を損傷した犯人は活性酸素種であり、シスプラチンがSODを減少したため、活性酸素種の除去が不十分だったことが分かりました。また、高用量ケルセチンの4)にて、SODが1)を凌駕した点も注目したい所です。
シスプラチンによる耳の不調を回復する手段がないと冒頭で述べましたが、ケルセチンが有力な解決策として期待でき、今後の研究の発展が楽しみです。
キーワード: ケルセチン、シスプラチン、聴器毒性、蝸牛管、周皮細胞、SOD