ケルセチンによる認知機能の改善・その4: 動脈硬化に伴う認知障害
出典: Journal of Agricultural and Food Chemistry 2024, 72, 12156–12170
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.jafc.4c01134
著者: Hongxia Li, Zhiqiang Cao, Chang Liu, Yu Wang, Lili Wang, Yuhan Tang, Ping Yao
概要: 動脈硬化には、しばしば認知障害が伴います。動脈硬化の原因は血管内部の炎症であり、認知障害の原因は脳神経の炎症ですので、両者に「炎症」という共通項があるためです。また、動脈硬化で脳内の血液の流れが悪くなると、認知障害を誘発することも知られています。今回の研究では、ケルセチンが動脈硬化マウスの認知障害を大幅に改善しました。
実験は、遺伝的に動脈硬化症を発症する特殊なマウスを用いて行いました。3グループに分け、以下の処置を16週間行いました。1) 比較対照として処置なし、2) 高脂肪食を食べさせる、3) ケルセチン100 mg/kgを含む高脂肪食を食べさせる。太りやすい体質の人が食生活の乱れで生活習慣病になることを、マウスでシミュレーションしたと言えますが、ケルセチンの活躍ぶりを試すには格好の実験です。処置前は3群間に体重の違いがありませんでしたが、16週間後は明らかに違って1) 29 g、2) 41 g、3) 36 gでした。高脂肪食が体重増加の原因となり、ケルセチンの抑制効果が分かりました。血中の中性脂肪と総コレステロールにも同様の傾向が見られ、2)で大幅に上昇して、3)で抑制されました。よって、高脂肪食のみで誘発された動脈硬化が、ケルセチンで抑えることが出来ました。
さて、認知機能の違いですが、モリスの水迷路と新奇探索試験で評価しました。前者では、浅瀬があった場所に到達するまでの時間は1) 7秒、2) 40秒、3) 13秒でした。動脈硬化は景色の記憶に障害を生じましたが、ケルセチンが改善しました。ところが新奇探索試験では、物体に寄った総時間の中で新しい物体が占める割合は3群とも75%で、差がありませんでした。以上の結果、動脈硬化に伴う認知障害の特徴が明らかになりました。すなわち、景色のような空間的な記憶は損失しますが、非空間的な物体を認識する能力には影響がないことを意味します。
部分的とは言え認知障害を認めたので、マウスの脳を調べました。脳の中で免疫を担う、ミクログリアという細胞の状態を比較しました。このミクログリアには、正反対の性質を示す2種類の型があり、行ったり来たりしています。一つは炎症を誘導するM1型で、もう一つは炎症を抑制するM2型です。M1型に含まれるiNOSという蛋白質と、M2型に含まれるArg-1という蛋白質の量を測定しました。1)におけるiNOSを1.0とした時の相対量は、2)が1.9で3)は1.2でした。一方、Arg-1は2)が0.76で3)は0.98でした。従って、動脈硬化の2)ではミクログリアがM1型に片寄っていました。この様なミクログリアがM1型に片寄る現象をM1極性化と呼びますが、反対にケルセチンにはミクログリアをM2型に戻す働きがあり、M2極性化が起こっていました。別の言葉で言い換えると、高脂肪食で動脈硬化になると脳に炎症を誘発しますが、ケルセチンは炎症を軽減しました。
冒頭で述べたように、認知障害の原因は脳神経の炎症です。脳神経の炎症は、脳内にあるミクログリアのM1極性化が起こしました。ケルセチンによるM2極性化が炎症を緩和するので、空間的な認知障害という動脈硬化に独特な付随現象を改善するに至りました。動脈硬化の予防には、普段から食生活に気を付けることが大切ですが、ケルセチンを多く摂ることも意識しましょう。
キーワード: ケルセチン、動脈硬化、認知機能、モリスの水迷路、新奇探索試験、ミクログリア