イソケルシトリンによる脳内出血の予後の改善
出典: Experimental Neurology 2024, 379, 114852
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S001448862400178X
著者: Tingwang Guo, Gang Chen, Lin Yang, Jia Deng, Yun Pan
概要: 脳内出血後の5年生存率は、27~58%とされています。すなわち、脳内出血が起きると、それ以降5年間生きている人は2~4人に1人であることを意味します。この事実が示すように、一般に脳内出血は予後が良くない事象と認識されています。今回の研究では、ケルセチンに糖が1個結合した構造を持つイソケルシトリンによる、脳内出血の予後の改善効果が示されました。
脳内出血の直後には、脳神経に広く存在するPiezo1という蛋白質が活性化することが知られていますが、その詳細は不明でした。Piezo1はカルシウムイオンチャネルという範疇に属しており、細胞内にカルシウムを取込む役割を担います。イソケルシトリンは多くのカルシウムイオンチャネルを阻害することが知られており、それならばPiezo1を阻害するのかを確かめる実験から開始しました。Piezo1をyoda1という物質で刺激すると、カルシウムを取込みます。しかし、そこにイソケルシトリンが共存すると、カルシウムが取込まれなくなりました。従って、イソケルシトリンにはPiezo1の働きを阻害することが明らかになりました。
次に、ラットの脳の線条体と言う部位に、血管を弱くする薬物を注射しました。これにより血管が破れて、脳内出血が起きます。予想通り、脳内出血の後には、脳内にPiezo1の発現が上昇して、3時間後にピークを迎えました。Piezo1が活性化してカルシウムが過剰に存在すると、炎症の大元となるNLRP3インフラマソームという蛋白質の集団が上昇することが知られています。実際、Piezo1の上昇に数時間遅れて、今度はNLRP3インフラマソームが上昇し、12時間後にピークとなりました。Piezo1が活性化してからNLRP3インフラマソームの上昇まで時間差があると考えれば、両者のピーク時間がずれた現象が合理的に理解できました。ところでNLRP3インフラマソームは炎症誘導物質ですので、脳内出血の予後を悪くする根本だと予想できます。そこで、イソケルシトリンでPiezo1を阻害すれば、NLRP3インフラマソームの上昇が抑えられ、ひいては脳内炎症も抑制できるだろうと考え、次の実験を行いました。
薬物注射による脳内出血の直後における、イソケルシトリンの注射の有無を比較しました。イソケルシトリンを注射したラットは、Piezo1とNLRP3インフラマソームの発現が、注射なしの半分以下となりました。また、脳神経におけるミエリンという部位の蛋白質の量にも着目しました。脳神経の伝達の本質は電流ですが、ミエリンは電気を通さない絶縁体の役割です。脳神経を電線に喩えるなら、ミエリンは外側のゴムに相当します。ミエリンを構成する蛋白質は、注射しないと正常の10~20%にまで減少しましたが、イソケルシトリンは正常と同等のレベルに回復しました。
以上の結果、まずPiezo1が活性化して、少し遅れてNLRP3インフラマソームが上昇してミエリンにダメージを与える、脳内出血の特性が明確になりました。イソケルシトリンはPiezo1を阻害するので、それ以降の有害事象を軽減できました。従って、イソケルシトリンには脳内出血の予後を改善する効果があることを強く示唆しました。今後の展開が楽しみです。
キーワード: 脳内出血、予後、イソケルシトリン、Piezo1、NLRP3インフラマソーム、ミエリン