慢性ストレスによるトリプルネガティブ乳癌の進行は、ケルセチンが抑制する
出典: Biomedicine & Pharmacotherapy 2024, 177, 116985
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0753332224008692
著者: Jianing Zhang, Feiyu Teng, Tingting Wu, Shizheng Li, Kun Li
概要: トリプルネガティブ乳癌とは、乳癌全体の15~20%を占める、抗癌剤が効かない乳癌です。抗癌剤に限らず薬には作用箇所が存在して、その中に薬物が入ると病気の原因となる事象を緩和します。乳癌の薬の場合は、癌細胞の増殖に必要でかつ正常細胞には存在しない蛋白質が作用箇所です。その結果、乳癌細胞のみ死滅させ、正常細胞には影響がないので治療効果が得られます。現在実用化されている乳癌の薬の作用箇所として、3種類の蛋白質がありますが、その3種類全てが存在しない乳癌細胞がトリプルネガティブ乳癌です。現存する薬の作用箇所が存在しないので、効果がありません。今回の研究では、慢性ストレスがトリプルネガティブ乳癌の進行を促進する現象と、ケルセチンが進行を抑制したことが併せて報告されました。
4T1というトリプルネガティブ乳癌細胞を移植したマウスを4群に分け、以下の処置を10日間行いました。1) ストレスおよび薬物投与なし、2) ケルセチン50 mg/kgを毎日投与、3) 体の拘束を1日4時間継続して慢性ストレスの負荷、4) 慢性ストレスの負荷+ケルセチンの投与。6日目と10日目における腫瘍組織の体積は、以下の通りでした。6日目: 1) 500 mm3、2) 260 mm3、3) 580 mm3、4) 320 mm3。10日目: 1) 1400 mm3、2) 510 mm3、3) 2050 mm3、4) 650 mm3。1)は治療をしていないので、移植したトリプルネガティブ乳癌細胞が日に日に増殖して腫瘍組織が500→1400 mm3に拡張していますが、それ以上の勢いで膨張したのが3)で650→2050 mm3と差が開きました。この事実は、慢性ストレスがトリプルネガティブ乳癌の進行を促進したことを如実に示しています。一方、1)と2)とを比較しても一方的に差が開いていますが、これはケルセチンがトリプルネガティブ乳癌の進行を抑制した結果です。2)と4)とを比較すると、両日とも4)の方が若干大きいですが、1)と3)程の開きはありません。従って、ケルセチンの効果として、慢性ストレスによる悪影響も軽減したことが分かりました。
次に、血液中のエピネフリンという物質の濃度を10日目に測定しました。1)と2)は1.15 ng/mLで、3)と4)は1.25 ng/mLに上昇していました。この事実は、癌の進行とは関係なしに、慢性ストレスが血中エピネフリンを上昇したことを意味します。そこで、エピネフリンはトリプルネガティブ乳癌細胞を増殖するかを調べる実験を行いました。
先程マウスに移植した4T1とは別の、MDA-MB-231というトリプルネガティブ乳癌細胞を用いた実験です。この細胞に、エピネフリンの濃度を変えて添加しました。0.001~100 μMの範囲ではいずれも増殖して、添加前の120~140%になりました。濃度が0.1 μMの時が最も増殖が盛んで、ピークの140%を示しました。この状態でケルセチンを20 μMの濃度で添加すると、140→125%に減少しました。40 μMの濃度では、140→115%に減少して、エピネフリンの存在下でもケルセチンは、増殖を抑制しました。従って、マウスの実験を、細胞レベルで再現できたことを意味します。
以上、既存の薬が効かないトリプルネガティブ乳癌であっても、ケルセチンが進行を大幅に抑制しました。しかも進行を促進する慢性ストレス下でも、抑制効果がありました。
キーワード: トリプルネガティブ乳癌、慢性ストレス、ケルセチン、エピネフリン