ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンによるcircHIAT1の発現促進が乳癌に効く・前編

出典: PLoS ONE 2024, 19, e0305612

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0305612

著者: Xiaogang Li, Chao Niu, Guoqiang Yi, Yuan Zhang, Wendi Jin, Zhiping Zhang, Wanfu Zhang, Bo Li

 

概要: 乳癌は女性の部位別の癌で最も多く、死亡の最大のリスク要因です。画期的な癌の治療法が次々に開発されているにもかかわらず乳癌の脅威が続くのは、転移と耐性の問題に対応しきれていないためです。今回の研究では、ケルセチンがcircHIAT1なる物質の発現を促進して、乳癌の2大課題である転移と耐性を克服したことが発見されました。

遺伝子であるDNAは生命の設計図にたとえられ、生体を構成するのが蛋白質です。DNAが持つ情報どおりに蛋白質を合成するために、RNAという核酸が橋渡しをしますが、おおむねRNAは直線状で存在します。中には変わった環状のRNAも存在し、蛋白質合成以外の様々な生命現象を担います。ケルセチンが発現を促進するcircHIAT1とは、環状RNAの一種です。ちなみに接頭の「circ」は環状を意味するサークルのことです。

MCF-7というヒト由来の乳癌細胞に10 μMの濃度でケルセチンを添加すると、48時間後の増殖率が無添加時の1/3に抑制されました。ケルセチンが乳癌細胞の増殖を抑制することが分かったので、他に変化が起きていないか、細胞の中身を詳細に調べました。その結果、カドヘリンという転移に関連する蛋白質に変動がありました。カドヘリンにはN-カドヘリンとE-カドヘリンの2種類があり、前者は癌細胞の転移を促進する働きがあり、後者は転移を抑制します。ケルセチンの添加は、N-カドヘリンの発現を無添加時の1/10にし、E-カドヘリンの発現は無添加時の3.5倍にしました。従って、ケルセチンはMCF-7の増殖だけでなく、転移も阻害していました。さらにケルセチンは、E-カドヘリン以上にcircHIAT1の発現も活性化しており、無添加時の5.5倍になりました。

ここで一つの疑問が生じました。ケルセチンによるcircHIAT1の発現の増強は、転移の抑制と関係があるのか否かです。そこで、circHIAT1に結合してその働きを失わせるサイレンシングRNAを用いて実験を行いました。サイレンシングとは消音に相当する英語ですが、黙らせるRNAです。circHIAT1を黙らせるとは、働かなくすることを意味します。ケルセチンはN-カドヘリンの発現を1/10にした先程の結果ですが、サイレンシングRNAの存在下では減少どころか、むしろ増えました。同様に3.5倍にした筈のE-カドヘリンは、ケルセチンの無添加時と同じレベルでした。従って、ケルセチンがいくらcircHIAT1を増やしたところで、その働きが失われば、MCF-7の転移はもはや抑制できなくなりました。ゆえにcircHIAT1は転移の抑制と深く関連しており、ケルセチンがcircHIAT1の発現を促進した結果、乳癌の転移を抑制したという因果関係が、初めて明らかになりました。

以上の結果、乳癌で解決すべき転移の抑制は、ケルセチンが解決しようとしています。もう一つの課題である耐性の克服も、ケルセチンによるcircHIAT1の活性化が重要な意味を持っていますが、これは後編で述べます。後編に続く

キーワード: 乳癌、転移、耐性、MCF-7、ケルセチン、circHIAT1、カドヘリン