ケルセチンのβ-チロシナーゼ阻害作用に基づく尿毒症の予防
出典: PNAS Nexus 2024, 3, 265
https://academic.oup.com/pnasnexus/advance-article/doi/10.1093/pnasnexus/pgae265/7706163
著者: Takuma Kobayashi, Shiori Oishi, Misaki Matsui, Kodai Hara, Hiroshi Hashimoto, Kenji Watanabe, Yasukiyo Yoshioka, Noriyuki Miyoshi
概要: 尿毒症とは、腎機能が極端に低下して、本来は尿に排泄されるべき老廃物が血液中に留まっている状態です。症状としては、倦怠感・全身のむくみ・食欲不振・吐気・下痢・皮膚のかゆみ・けいれんが挙げられ、多岐に渡ります。今回の研究では、ケルセチンが尿毒症の原因物質の生成を抑制することが検証され、尿毒症の予防効果を示唆しました。
チロシンは蛋白質を構成するアミノ酸の一種であり、体に必須不可欠の物質です。しかし、腸に存在するβ-チロシナーゼという酵素が、チロシンをフェノールという尿毒症の原因物質に変換します。体には必須でありながら、尿毒症の原因物質を作り出すチロシンのジレンマを解決する唯一の手段が、β-チロシナーゼの阻害物質の発見です。食事で摂取した蛋白質はアミノ酸に消化され、アミノ酸は腸で体内に吸収されるため、β-チロシナーゼの阻害物質も食物から摂るのが理想的です。腸でβ-チロシナーゼの働きを抑えれば、チロシンはフェノールに変換されることなく、100%チロシンの形で吸収される筈です。
食物由来の物質を探索した結果、ケルセチンが最も強くβ-チロシナーゼを阻害しました。今まで知られていたβ-チロシナーゼの阻害物質はアザチロシンという、チロシンと形が非常に似たアミノ酸でした。チロシンと形が似ているため、β-チロシナーゼはチロシンと間違えてアザチロシンを取込みます。しかし、チロシンではないためフェノールを産出しません。結果としてチロシンの取込みが減るため、アザチロシンの存在下ではフェノールの生成は、非存在下の43.4%に減少しました。しかし、アザチロシンの代わりにケルセチンが存在すると、フェノールの生成を80.2%抑制しました。従って、ケルセチンは、アザチロシンよりも約2倍強力なβ-チロシナーゼ阻害作用を示したことになります。
次に、マウスを用いる実験でケルセチンの効果を確かめました。12匹のマウスを5%のチロシンを含む餌を1週間与えました。毎日、過剰のチロシンを摂取するので、糞便中のフェノール濃度は右肩上がりに上昇しました。0日目(実験開始日)のフェノール濃度は0.4 pmol/mgでしたが、4日目には0.6 pmol/mgになり、7日目には1.9 pmol/mgになりました。7日目に12匹を6匹ずつ2群に分け、片方は同じ内容の5%のチロシンを含む餌を継続しました。もう片方には、5%のチロシンと0.2%のケルセチンを含む餌を与えました。違う内容の餌を与えた期間も、同じく1週間です。11日目に両者の糞便中のフェノール濃度を比較したところ、ケルセチン群が0.9 pmol/mgであり、非ケルセチン群が1.8 pmol/mgで顕著な差が見られました。実験最終日である14日目には、0.6 vs. 1.6 pmol/mgと顕著な差が維持されました。
以上、ケルセチンを共摂取すると、チロシンを過剰に摂取しても尿毒症の原因物質であるフェノールの産出が抑制できました。その仕組みとして、ケルセチンがβ-チロシナーゼを阻害するため、チロシンのフェノールへの変換を抑制したことが根底にあります。チロシンが持つ諸刃の剣の様なジレンマは、ケルセチンが見事に解決したと言えましょう。
キーワード: 尿毒症、ケルセチン、β-チロシナーゼ、フェノール、チロシン