芍薬甘草湯にヒントを得た、ケルセチンによる椎間板変性症の改善効果の発見
出典: Heliyon 2024, 10, e37349
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405844024133804
著者: Junxiao Ren, Rui Xin, Xiaoping Cui, Yongqing Xu, Chuan Li
概要: 椎間板変性症とは、背骨の間でクッションとしての役割を果たす椎間板が損傷を受けた状態です。今回の研究では、ケルセチンが椎間板変性症を軽減し、その仕組みの一部が解明されました。
中医学(古来から中国で実践されている病気の治療法)では、椎間板変性症の治療に芍薬甘草湯(しやくやくかんぞうとう)を用いています。芍薬甘草湯は、足がつる「こむら返り」の痛みを抑える漢方薬としても汎用されています。余談ですが、漢方とは日本の伝統医療のです。自然の生薬で病気を治療するという考えが中国から伝わっているので「漢」の字が入っていますが、日本内で独自の発展を遂げた医療技術と言えます。対して、中国で発展した伝統医療が中医学です。さて、椎間板変性症で変化する遺伝子と、芍薬甘草湯を服用して変化する遺伝子を調べたところ51種類の共通する遺伝子がありました。51種類の遺伝子それぞれの働きに関して、今まで蓄積された膨大な研究成果のデータベースを調べると、ケルセチンと低酸素誘導因子1α(HIF-1α)という蛋白質にたどり着きました。従って、「芍薬甘草湯が椎間板変性症を治療した時の有効成分はケルセチンであり、ケルセチンはHIF-1αに何らかの作用をした」と予測しました。そこで、その予測を確認する実験を行いました。
椎間板の内部組織である髄核をを構成する髄核細胞に、機械的に圧力を掛けて培養しました。48時間後には細胞の生存率が50%となり、圧力によって髄核(椎間板)が損傷する椎間板変性症と同じ現象を細胞上で再現しました。次に濃度を変えてケルセチンを投与した髄核細胞に、圧力を48時間掛けました。この時の生存率は5 μM: 50%、10 μM: 75%、20 μM: 80%であり、ケルセチン濃度が上がるのに従って、生存率の回復が見られました。同時に、HIF-1αの発現量も調べました。圧力を掛けない時の量を1とした時の相対比は、無投与時: 1.5、5 μM: 1.5、10 μM: 1.9、20 μM: 2.4でした。ここで注目したいのは、ケルセチンの無投与時でもHIF-1αの発現量が1.5倍に増えた事実です。圧力を掛けた際の変化から身を守るべく、HIF-1αの発現を増やしたと解釈できます。しかし、悲しいかな1.5倍では不十分で、生存率は50%に留まりました。外からケルセチンを加えて始めてHIF-1αの発現量が1.5倍以上になり、ようやく生存率が改善されました。
次に、ラットを用いてケルセチンの効果を検証しました。手術にてラットの背骨に金属板を埋め込みそこへ圧力を掛けて、椎間板変性症を誘発しました。その後、金属板の場所にケルセチン20 mg/kgを2週間に渡って毎日注射しました。その結果、椎間板の構造の変化や軟骨の減少が、元のように回復しました。面白いことに、椎間板におけるHIF-1αの発現量は、先程の細胞実験の結果を支持するデータが得られました。すなわち、圧力を掛けない正常ラットにおける発現を1とした時の相対比は、ケルセチン非投与群: 1.5、投与群: 2.2でした。
以上の結果、遺伝子情報に基づく当初の予測は、見事に実証されました。芍薬甘草湯に含まれる、椎間板変性症を改善した有効成分はケルセチンでした。圧力に対抗すべく、髄核細胞で発現するHIF-1αの量をケルセチンが増やす、という改善の仕組みも同時に解明されました。
キーワード: 椎間板変性症、芍薬甘草湯、ケルセチン、低酸素誘導因子1α、髄核細胞、圧力