ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンによる外傷性脳損傷の後遺症の軽減

出典: Brain Research Bulletin 2024, 217, 111080

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0361923024002144

著者: Xiaofu Zhai, Ziyu Wang, Juemin Gao

 

概要: 外傷性脳損傷とは、交通事故などで頭に強い衝撃を受けた際の脳の傷害です。軽傷から高度な障害が残る重症まで様々な段階がありますが、怪我による死亡の3割が外傷性脳損傷です。今回の研究では、外傷性脳損傷の直後にケルセチンを投与したラットは、その後の症状が低減することが示されました。また、ケルセチンが後遺症を改善する仕組みの一部も解明されました。

麻酔したラットの頭に200 gの錘を落として、外傷性脳損傷のモデルとしました。30分後に2群に分け、片方は50 mg/kgのケルセチンを注射し、もう片方には注射ぜずに違いを比較しました。これとは別に、錘を落とさない正常なラットも用意しました。その後1週間に渡って、各ラットの行動を追跡しました。例えば歩行障害なら、以下のようにスコアを付けます。0: 通常に歩行した。1: 真っすぐ歩けない。2: 麻痺した側に回転する。3: 麻痺した側に転倒する。従って、点数が高いほど行動障害が重いことを意味します。歩行以外にも、尻尾をつかんで持ち上げた時の体の曲がり具合、棒に乗せた時のバランスのとり方(棒にしがみ付く時間)、発作など異常行動の有無を点数化して合計で0~18のランク付けをしました。1日後の行動障害スコアは、正常群: 2点、非投与群: 15点、ケルセチン群: 12点となりました。錘を落とした影響がいかに重大かよく分かりますが、ケルセチンによる症状の軽減も認めました。3日後には正常群: 2点、非投与群: 13点、ケルセチン群: 10点と、やや回復の傾向が見られ、同時にケルセチンによる行動障害の軽減も健在です。7日後の最終日は正常群: 2点、非投与群: 8点、ケルセチン群: 5点と、正常近くまで回復しましたが、なおケルセチンの方が有意でした。ちなみに、ケルセチンの注射は1回のみです。1回の注射の有無で、後遺症の違いが1週間継続したことになります。

では、ケルセチンを1回注射しただけで、どこが違うのかを深く知るべく脳の中身を調べました。非投与群に比べてケルセチン群では脳神経の炎症が抑制されていました。炎症の深刻度が行動障害の違いを反映していることは、何となく想像できます。そこで、炎症の根底にある因子をさらに追及しました。その結果、HDAC3という炎症の大元となる蛋白質の量に、歴然とした違いを認めました。正常ラットの脳におけるHDAC3の発現量を1とした時の相対比は、非投与群が2.2でケルセチン群は1.4でした。細胞は大きく分けて核とそれ以外の細胞質がありますが、核と細胞質のそれぞれでHDAC3の発現量を調べたところ、同様の比率でした。HDAC3は核に移行して炎症を誘導しますが、ケルセチンはHDAC3の発現を抑制しただけでなく、その核移行も抑制したことになります。

以上の結果、外傷性脳損傷の直後にケルセチンを注射すると、後遺症を軽減しました。錘を頭に落とした程度の外傷性脳損傷だったので1週間で自然回復しましたが、1回だけの注射でその間の行動障害の軽減効果が継続しました。その仕組みとして、ケルセチンは炎症の大元であるHDAC3の発現と核移行を抑制して、脳神経の炎症を改善しました。

キーワード: 外傷性脳損傷、ケルセチン、行動障害、炎症、HDAC3