ケルセチンによる肺動脈性肺高血圧症の治療
出典: BMC Cardiovascular Disorders 2024, 24, 535
https://bmccardiovascdisord.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12872-024-04192-4
著者: Rui-Juan Gao, Nigala Aikeremu, Nan Cao, Chong Chen, Ke-Tao Ma, Li Li, Ai-Mei Zhang, Jun-Qiang Si
概要: 肺動脈性肺高血圧症とは、心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧が上昇する病気です。他の場所の血圧が上がることはなく、局所的な血圧上昇ですので、一般的な高血圧とは異なります。心臓が肺に血液を送り出すポンプに相当する右室の肥大が、肺動脈性肺高血圧症の主原因です。また、肺動脈を拡張したり収縮する平滑筋細胞が異常に増えて、肺動脈を狭めることも原因になります。しかし、有効な治療法がなく、難病に指定されています。今回の研究では、ケルセチンがこの二大原因を解消して、肺動脈性肺高血圧症を改善することが発見されました。
12匹のラットにモノクロタリンという化学物質を注射して、肺動脈性肺高血圧症の状態にしました。理由はまだ不明ですが、モノクロタリンは肺動脈を詰まらせる働きがあるため、肺動脈性肺高血圧症の動物実験の定番です。6匹ずつ半分に分け、片方はケルセチン100 mg/kgを毎日投与し、もう片方はケルセチンを投与しませんでした。これとは別に、モノクロタリンを注射しない正常ラットも6匹用意しました。28日間の投与期間が終了して、肺動脈血圧を測定しました。正常群の45 mmHgに対して非投与群では52 mmHgに上昇しており、モノクロタリンによって肺動脈性肺高血圧症を誘発したことが分かります。ケルセチン投与群は47 mmHgであり、正常近くに回復しました。肺動脈に限らず、血圧の上昇と密接に関連する現象として、血管の壁の厚さが挙げられます。壁が厚くなる分、血液の通り道が狭くなりますので、血圧は上昇します。各ラットの肺動脈の直径に対して壁の占める割合は、正常群: 0.45%、非投与群: 0.63%、ケルセチン群: 0.47%でした。肺動脈血圧と同様に、ケルセチンは血管の壁の厚さも正常化しました。
ケルセチンが肺動脈血圧を下げた事実を受けて、二大原因の一つである右室肥大の違いを比較しました。右室の心臓全体に占める割合を調べたところ、正常群: 30%、非投与群: 57%、ケルセチン群: 36%であり、ケルセチンによる右室肥大の改善が顕著でした。
次に、もう一つの原因である肺動脈平滑筋細胞の異常増殖について調べました。各ラットから肺動脈平滑筋細胞を採取して、細胞内の増殖促進因子と増殖抑制因子の発現状況を比較しました。まず、代表的な増殖促進因子であるPCNAという蛋白質に着目しました。正常群における発現量を1.0とした時の相対比は、非投与群が1.6でケルセチン群が1.2でした。増殖抑制因子にはα-SMAという蛋白質を対象に選びました。同様の相対比は、非投与群が0.5でケルセチン群が1.0でした。ケルセチンを投与しないと増殖促進因子が増大し、増殖抑制因子は減少するため、肺動脈平滑筋細胞が異常増殖します。一方、ケルセチンはその反対の挙動を示して、正常に近づけました。従って、ケルセチンは第二の原因も解消したことになります。
肺動脈性肺高血圧症の二大原因を解決したので、ヒトでも同様な結果が得られるなら、ケルセチンは画期的な治療薬になる可能性を秘めています。肺動脈性肺高血圧症が難病でなくなる日も、夢ではありません。
キーワード: 肺動脈性肺高血圧症、ケルセチン、右室肥大、肺動脈平滑筋細胞、異常増殖