ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

治療標的がないトリプルネガティブ乳癌細胞に、ケルセチンの標的が発見される

出典: American Journal of Cancer Research 2024, 14, 5269–5285

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11626283/

著者: Xianhua Liu, Zhijun Chen

 

概要: トリプルネガティブ乳癌とは、乳癌全体の15~20%を占める、抗癌剤が効かない乳癌です。癌の治療薬は、癌細胞の増殖に必要でかつ正常細胞には存在しない蛋白質の働きを阻害します。その結果、癌細胞のみ死滅させ、正常細胞には影響がないので治療効果が得られます。この様に治療薬が阻害する蛋白質を治療標的と呼び、乳癌細胞には3種類の治療標的があります。乳癌細胞の中には、その3種類全てが存在しない細胞もあり、これをトリプルネガティブ乳癌細胞というクラスに属します。今回の研究では、ケルセチンが既存の抗癌剤が効かないトリプルネガティブ乳癌細胞にも効果を示しました。更には、ケルセチンが働きを阻害する新規な治療標的も発見されました。

5種類のトリプルネガティブ乳癌細胞と、トリプルネガティブでない2種類の乳癌細胞の計7種類に、ケルセチンを作用しました。その結果、ケルセチンは7種類全ての増殖を阻害しました。癌細胞の50%を死滅させる濃度は、トリプルネガティブ乳癌細胞では15.3~55.2 μMの範囲にあり、トリプルネガティブでない乳癌細胞では27.9~43.4 μMの範囲でした。この実験結果は、トリプルネガティブであっても、そうでなくとも、ケルセチンは同等に効くことを意味します。また、今まで知られていない、何らかのケルセチンの治療標的の存在を示唆しています。

そこで、乳癌の患者さんに多く発現していて、健康な人には少ない蛋白質を徹底的に調べました。その結果、ORM2という蛋白質に行き当たりました。患者さんの中でもORM2の発現差があり、乳癌のステージが進行する程、発現量が増えました。また、トリプルネガティブ乳癌の方が、通常の乳癌よりもORM2の発現が増加する傾向がありました。ORM2の役割を知るべく、各トリプルネガティブ乳癌細胞を遺伝子操作してORM2を作る遺伝子を消したところ、増殖機能を失いました。乳癌に限らず癌細胞は無限増殖が特徴で、3日間で細胞数は元の3~5倍に増加します。ORM2を作らなくなったトリプルネガティブ乳癌細胞が全く増殖しなくなった事実は、ORM2が増殖に必須不可欠であることを端的に示しています。

先程の実験でケルセチンが最も効いた(最も低い濃度の15.3 μMで半数が死滅した)、MDA-MB-231というトリプルネガティブ乳癌細胞を10匹のマウスに移植しました。移植から35日後に最初のマウスが死亡して、それ以降は徐々に数が減って45日後には半分の5匹となり、78日後に全滅しました。ケルセチンを25 mg/kg投与した10匹は無投与時と変わらない生存率でしたが、50 mg/kgに投与量を増やすと、5匹に半減した日が66日後で、実験を打ち切った100日後には3匹が生きており、生存期間が延長されました。ケルセチンの投与を100 mg/kgに増やすと、100日後に7匹が生存し、更なる延命効果がありました。重要なことに、ケルセチンを100 mg/kg した時の腫瘍部分におけるORM2の発現量は、無投与時の25%でした。従って、ORM2がケルセチンの治療標的であると、間違いなく確定しました。

トリプルネガティブ乳癌は有効な薬がないため、手術しか治療手段がありませんでしたが、ケルセチンが有力な治療薬候補となりました。しかも、治療標的がないと見なされていた所に、ORM2というケルセチンの治療標的が明らかになったのは、革命的な大発見です。

キーワード: ケルセチン、トリプルネガティブ乳癌、治療標的、ORM2、MDA-MB-231