心筋梗塞にケルセチンが有効な新たな証拠としての、好中球細胞外トラップの抑制
出典: Naunyn-Schmiedeberg’s Archives of Pharmacology 2025, 398, in press
https://link.springer.com/article/10.1007/s00210-024-03602-w
著者: Y. Goshovska, D. Pashevin, S. Goncharov, T. Lapikova-Bryhinska, O. Lisovyi, V. Nagibin, G. Portnichenko, L. Tumanovska, V. Dosenko
概要: 心筋梗塞とは冠動脈(心臓を冠にように覆っている動脈)の梗塞(詰り)が原因で、心筋(心臓を構成する筋肉)に血液が行き届かなくなり、壊死(組織の破壊)を起こす病気です。壊死部分が増えると心機能が低下して、最後には死に至ります。心筋梗塞に対するケルセチンの有効性は以前にも述べましたが、今回の研究では、ケルセチンが心筋梗塞を改善する新たな仕組みが発見されました。
ラットに手術を行い、心臓を露出して左前の冠動脈を40分間糸で縛り、冠動脈が詰って心筋に血液が届かない心筋梗塞をシミュレーションしました。この様に血流を止める操作を虚血(きょけつ)と呼びます。その後、再灌流(さいかんりゅう、糸を外して再び血液を流すこと)を90分間行い、その際の心機能を調べました。ラットは33匹用意して、11匹ずつ3群に分けました。内、11匹は麻酔と胸部を開く手術のみ行い、冠動脈の縛りを省略しました。これは、偽手術と呼ばれる操作で、麻酔や胸部を開くまでは同一の条件にしておいて、虚血再灌流の有無だけが違う実験とするために行われました。残る22匹には冠動脈を縛り虚血再灌流を施しますが、その中の11匹には再灌流の10分前にケルセチンを尾に静脈注射し、別の11匹には注射せず再灌流時の心機能を比較しました。
心機能は、1回拍出量(心臓が1回動く時に送り出す血液の量)を指標としました。心臓手術する前にも検査を行い、その時の1回拍出量を100%とした時の相対量を比較しました。偽手術群は虚血再灌流をしていませんが、他群の再灌流時に相当する期間の1回拍出量は、偽手術前の90%をキープしており、偽手術の影響は少しありました。これがケルセチン非投与群では再灌流30~60分では60%に低下し、90分では65%と持ち直したものの一貫して心機能が低下していました。これがケルセチン注射群では、5分後に110%を示すと、その後の45分は110%が持続しました。驚くことに、ケルセチンを注射すれば心機能が低下するどころか、反対に向上してしまいました。
心筋の虚血再灌流が同様の条件にもかかわらず、ケルセチンの静脈注射の有無は、心機能に及ぼす影響は大違いでした。この違いを知るべく、両者の血液の状態を比較しました。その結果、血液中に形成した好中球細胞外トラップに、顕著な違いが見られました。好中球とは白血球の一種で、病原菌を食べて細胞死した際に、自身のDNAを放出して細胞外に網目上の構造を作ります。この網目状は病原菌を捕える罠(トラップ)として機能するため、好中球細胞外トラップと呼ばれます。一見、好中球細胞外トラップは自己に好都合に思えますが、実は種々の悪さをします。好中球細胞外トラップが核になると梗塞の原因となり、癌の転移に関与する事例もあります。心筋の虚血再灌流は心機能低下の原因となる位、好中球細胞外トラップが形成しましたが、ケルセチンの注射で抑制できました。
以上の結果には、2点の重要な知見があります。一つ目は、ケルセチンが心筋梗塞を改善する仕組みとして、好中球細胞外トラップの形成抑制が明らかになりました。また、心筋梗塞の治療は梗塞部分を取り除く手術が一般的ですが、心臓から出血しないよう手術中は虚血し、終了後に再灌流するため、虚血再灌流による好中球細胞外トラップの形成リスクがあります。もう一つの知見として、ケルセチンには、このリスクを最小限にする役割が期待できそうです。
キーワード: 心筋梗塞、ケルセチン、冠動脈、虚血再灌流、心機能、好中球細胞外トラップ