ケルセチンで処置した間葉系幹細胞による、急性腎障害の治療・前編
出典: Regenerative Therapy 2025, 28, 169-182
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352320424002232
著者: Yuan-Xia Zou, Jiraporn Kantapan, Hong-Lian Wang, Jian-Chun Li, Hong-Wei Su, Jian Dai, Nathupakorn Dechsupa, Li Wang
概要: 急性腎障害とは、数時間~数日の間の短期間で腎機能が急激に低下する病気です。体液と電解質のバランスを維持する対処法が行われていますが、間葉系幹細胞(以下、MSC)を移植する治療法が最近注目されています。MSCは万能細胞の一種で各細胞に変化できるため、急性腎障害で損傷した腎細胞を補うことが期待できますが、MSCを移植しても複雑な生体環境で機能を失うケースが多々見られます。従ってMSCを移植する前に何らかの活性化が必要ですが、今回の研究では、ケルセチンによる活性化が考案されました。なお、ケルセチンを安定化するために、ケルセチン-鉄錯体と呼ばれるケルセチンに鉄が結合した構造が一貫して用いられました。
シスプラチンという強い腎毒性を持つ制癌剤をマウスに過剰投与して、急性腎障害を誘発しました。活動して作られる老廃物は、循環している血液で腎臓に運ばれた後、尿として体外に排出されます。腎機能とは血液から尿を作る腎臓の働きですので、老廃物が血液から尿に移行します。代表的な老廃物にクレアチニンと尿素という物質があり、腎機能の評価にはこれらの血中濃度を評価します。尿に多く存在すべきのクレアチニンや尿素が、血中に残っていれば、腎機能が低下した指標となります。実際、シスプラチンを投与したマウスは3日後に、血中のクレアチニンが7 μmol/Lから19 μmol/Lに、尿素は15 mmol/Lから200 mmol/Lに、いずれも急上昇しました。3日という短期間でこれだけ腎機能が低下したのは、典型的な急性腎障害と言えます。シスプラチン投与の1時間後にMSCを注射したマウスは、3日後の血中クレアチニンと尿素がそれぞれ、12 μmol/Lと80 mmol/Lを示し、急性腎障害の軽減効果を認めました。面白いことに、200 μg/mLのケルセチンで24時間の処置をしたMSCを移植すると8 μmol/Lと45 mmol/Lとなり、更に良好な効果を認めました。
MSCのケルセチン処置のパワーは、細胞レベルの実験でも検証されました。腎臓で尿を作る中心部に尿細管という組織がありますが、その尿細管を構成する尿細管上皮細胞をシスプラチンで刺激すると、細胞死が顕著に見られました。細胞死を実行するBaxとカスパーゼ-3という蛋白質と、細胞死を阻害するBcl-2という蛋白質の発現を調べました。Baxおよびカスパーゼ-3の発現は、シスプラチンの投与の前後で11倍と7倍でした。一方、Bcl-2の発現は、シスプラチンによって0.4倍に減少しました。よって、シスプラチンによる尿細管上皮細胞の細胞死こそが、急性腎障害の本質でした。シスプラチンとケルセチン処理していないMSCを同時投与した場合、Bax・カスパーゼ-3・Bcl-2の発現は、9倍・6倍・0.6倍に改善されました。ケルセチン処理したMSCの同時投与は1.7倍・1.9倍・0.95倍となり、細胞死の抑制効果が増強されてます。
以上の結果、急性腎障害の治療には、MSCの移植が非常に有望であることが分かりました。その仕組みは腎機能の中心をなす、尿細管上皮細胞の細胞死の抑制でした。予めMSCをケルセチン処理すると効果が増強されるので、活性化にはケルセチンが寄与しています。後編へ続く
キーワード: 急性腎障害、シスプラチン、間葉系幹細胞、ケルセチン、尿細管上皮細胞