ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンで処置した間葉系幹細胞による、急性腎障害の治療・後編

出典: Regenerative Therapy 2025, 28, 169-182

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352320424002232

著者: Yuan-Xia Zou, Jiraporn Kantapan, Hong-Lian Wang, Jian-Chun Li, Hong-Wei Su, Jian Dai, Nathupakorn Dechsupa, Li Wang

 

前編より続く

概要: 前編にてケルセチン処置の有無が、間葉系幹細胞(以下、MSC)による急性腎障害の改善効果に影響を及ぼすことが分かりました。では、一体ケルセチン処置がMSCをどう変えたのか、その謎を解明すべく、遺伝子発現を調べました。ケルセチン処置したMSCは、処置前に比べて429種類の遺伝子発現が増加し、842種類の種類の遺伝子発現が減少していました。その中で、最も顕著に変化したのが、HGFという蛋白質を作るRNAでした。ケルセチン処置により、HGFのRNAの発現は3倍になりました。言い方を替えれば、ケルセチン処置したMSCは、HGFを作る能力が処置前の3倍になりました。

では、急性腎障害や尿細管上皮細胞の細胞死の改善に、HGFが本当に関与しているかを確かめる実験を細胞とマウスで実施しました。まず細胞実験ですが、前編で行った尿細管上皮細胞にシスプラチンで細胞死を誘導する実験にて、MSCの代わりにHGFをシスプラチンと同時投与しました。前編と同様にBax・カスパーゼ-3・Bcl-2の発現をモニタした所、1.8倍・1.3・1.0倍となりました。3指標のデータは全て、前編におけるケルセチン処理したMSCの同時投与に最も近い数値です。従って、ケルセチン処置がMSCによる細胞死の軽減効果の本質は、HGFを作らせる能力の違いを反映していることが判明しました。シスプラチンのみを添加した尿細管上皮細胞は、24時間後の生存率が70%でしたが、HGFの同時投与にて向上しました。HGF濃度を10, 20, 40, 60 ng/mLに変えて投与すると、生存率は74, 78, 84, 90%をそれぞれ示し、濃度依存的に回復しました。

ところで、尿細管上皮細胞の細胞死を抑制したHGFですが、新たに発見された蛋白質ではなく、既知の物ですが、今まではどの様な働きをするのか不明でした。唯一分かっていた挙動として、c-Metという蛋白質と相互作用する位でしたが、果たしてc-Metの働きを促進するのか阻害するのか、それさえ不明でした。しかし、HGFによる尿細管上皮細胞の細胞死の抑制という、新たな機能が判明したため、次にc-Metが急性腎障害に何らかの影響を持つのでは、という疑問が湧いてきました。

そこで、前編で行ったシスプラチンで惹起した急性腎障害のマウスにて、c-Metの役割を検証しました。顕著な改善効果を認めた条件は、シスプラチン投与の1時間後に、ケルセチン処理したMSCの注射でした。今回は、ケルセチン処理したMSCの注射と同時に、c-Met阻害剤も投与しました。ゆえに、HGFとc-Met阻害剤とを同時投与したことになります。3日後の腎機能ですが、ケルセチン処理したMSCの治療効果は、完全に打消されました。すなわち、血中のクレアチニン濃度・尿素濃度ともに、シスプラチンが上昇した数値のままで、全く低減しませんでした。

以上の結果から、HGFがc-Metと相互作用するのは、機能の活性化であることが分かりました。さらに、急性腎障害を改善する仕組みとして、ケルセチン処置→MSCにおけるHGF生産能力の向上→c-Metの活性化→尿細管上皮細胞の細胞死の抑制という因果関係が明らかになりました。

キーワード: 急性腎障害、シスプラチン、間葉系幹細胞、ケルセチン、HGF、c-Met