ルチンは血液脳関門の機能を修復して、認知障害を改善する
出典: Fluids and Barriers of the CNS 2025, 22, 35
https://fluidsbarrierscns.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12987-025-00639-8
著者: Zhao–Wei Sun, Zhao–Xin Sun, Yun Zhao, Ling Zhang, Fang Xie, Xue Wang, Jin–Shan Li, Mao–Yang Zhou, Hong Feng, Ling–Jia Qian
概要: 予測不可能で慢性的な軽度ストレスを継続して与えて動物にうつ病を誘発する実験は何度か紹介していますが、今回の研究では認知障害も誘発したことが分かりました。そのストレスによる認知障害は、ケルセチンに糖が2個結合したルチンが良好に改善しました。また、ルチンによる改善の仕組みも一部が解明されました。
マウス21匹を3群に分け、内7匹は正常群としてストレスを与えず、14匹には8週間継続して毎日、予測不可能で慢性的な軽度ストレスを与えました。ルチン投与の有無を比較すべく、7~8週目の2週間はストレス群をさらに2分して、7匹にはルチン100 mg/kgを毎日投与し、残る7匹は投与しませんでした。9週目には、記憶力を調べる新奇探索試験と、空間認識力を知るモリスの水迷路の2種類の実験を実施しました。正常群 vs. ルチン非投与群を比較すると、両方の評価系でスコアが大幅に低下しており、ストレスによる認知障害が明らかになりました。しかし、ルチン投与群のスコアは正常群とほぼ同じデータでした。よって、ストレス下でのルチン投与は、正常レベルにまで認知障害を改善しました。
次に、ルチンが脳に与えた影響を知るべく、脳で認知機能を司る海馬という場所を電子顕微鏡で調べました。ルチン非投与群の海馬の毛細血管は空間部分が38%あり、正常群の9%と比べて異常に穴が開きました。海馬に限らず脳血管には血液脳関門という部位があります。血液脳関門が存在するのは、脳に必要な物だけを取り入れ、不要な物は血液に留めて脳に入れない「バリア機能」が他の臓器と比べて厳密であるためです。毛細血管の穴が拡がるのは、厳密な筈の血液脳関門のバリア機能が緩くなっていることを物語ります。そこで、毛細血管に蛍光物質を注入して、海馬組織が出す蛍光の量を比較しました。正常群の海馬が出した強度を1.0とした相対量は、ルチン非投与群で1.6でした。従って、毛細血管から海馬の内部へ移行した蛍光物質が正常の1.6倍になったことを意味し、ストレスにより血液脳関門のバリア機能が低下しました。ルチン投与群の毛細血管の実験は、空間部分が11%で、海馬の蛍光強度は1.1でした。ゆえに、ルチンが認知障害を正常化した本質は、血液脳関門の修復であることが分かりました。
最後に、マウスの脳で起きた現象をミクロレベルで再現する実験を行いました。すなわち、海馬の毛細血管を構成する脳微小血管内皮細胞に、50 μMの濃度でルチンを投与した際の遺伝子の変化を調べました。ルチンが発現を増加した遺伝子は全部で3,407種類ありましたが、CLDN5という遺伝子が最も上昇しました。一方、ルチンが減少した3,023種類の中で、HDAC1なる遺伝子が最も低減しています。前者のCLDN5はバリア機能の中心を担う蛋白質を作る遺伝子であり、HDAC1にはその蛋白質合成を妨害する働きがあります。従ってルチンには本来、血液脳関門のバリア機能を強化する性質があることが分かりました。
ルチンが担う毛細血管のバリア機能の強化こそが、ストレス下のマウスにて存分に発揮され、ストレスで低下した血液脳関門と認知機能が正常化しました。
キーワード: 認知障害、ストレス、ルチン、血液脳関門、バリア機能、脳微小血管内皮細胞