ケルセチンが初めて達成した高血糖症における脳卒中の改善
出典: PLoS ONE 2025, 20, e0321006
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0321006
著者: Jing Yang, Yan-Mei Ma, Lan Yang, Peng Li, Li Jing, P. Andy Li, Jian-Zhong Zhang
概要: 脳卒中とは脳血管の異常の総称で、脳血管が詰まる脳梗塞や脳血管が破れる脳出血をひっくるめた病気です。脳卒中の治療薬は数多くありますが、血糖値が正常な患者さんにのみ有効です。糖尿病を始めとする高血糖症の状態でかかった脳卒中では、既存薬の効き目が失われてしまい、解決策が待ち望まれています。今回の研究では、ケルセチンが高血糖症のラットの脳卒中を改善して、希望の光が見えました。また、ケルセチンによる改善の仕組みも一部が解明されています。
ラット20匹に膵毒性の化学物質を飲ませて、糖尿病を誘発しました。10匹ずつ2群に分け、片方にはケルセチン50 mg/kgを毎日投与し、もう片方には投与を省略しました。これとは別に、膵毒物質を投与しない10匹の正常ラットも用意しました。28日間の投与期間に血糖値をモニタしましたが、正常群の血糖値は5.0 mmol/Lで一定でした。ケルセチン投与群は27 mmol/Lで、非投与群は32 mmol/Lでした。ケルセチンの投与の有無で血糖値に多少の差はあっても、正常群に比べると両者とも顕著に高く、高血糖症であることが分かります。この実験はケルセチンが血糖値を下げることを検証する実験ではなく、高血糖症における脳卒中の改善が目的であり、ケルセチンを投与しても高血糖である状態を作ることに成功しました。そこで、28日目には30匹全てを対象に中脳の動脈を30分間縛り、脳血管が詰まった状態を模倣して、脳卒中のモデルとしました。脳卒中を誘発した翌日の29日目にラットの脳を検査しました。神経細胞の中で核が崩壊した細胞、いわば形だけ存在して機能していない神経細胞の割合は、正常血糖群: 30%、ケルセチン非投与群: 58%、ケルセチン投与群: 41%でした。また、脳梗塞部分が全脳に占める割合は、正常血糖群: 8%、ケルセチン非投与群: 39%、ケルセチン投与群: 18%でした。脳の検査から3日間の動向を観察しました。正常血糖群は10匹全てが生きており、生存率100%でした。ケルセチン投与群は検査の翌日に1匹死亡したのみで、3日間の生存率は90%を記録しました。一方、非投与群は翌日に2匹死亡し、3日後には更に3匹死亡したため、最終的に生き残りが5匹の生存率50%でした。正常血糖群と非投与群のデータを比べると、高血糖症が脳卒中を悪化したことがよく分かります。しかし、高血糖症であってもケルセチン投与群の全ての結果が、非投与群よりも正常血糖群の方に近く、改善効果を認めました。
次に、各ラットの脳で起こった変化を調べたところ、小胞体ストレスの指標となるGRP78という蛋白質の発現に大きな違いが見られました。血糖値が正常で脳卒中も起こしていない正常なラットの脳での発現量を1とした時の相対比は、正常血糖群: 1.2、ケルセチン非投与群: 1.6、ケルセチン投与群: 0.9でした。小胞体ストレスとは、細胞の小胞体という場所に異常形状の蛋白質がたまり、その細胞に悪さをする現象です。GRP78の量が多い程、小胞体ストレスが大きく、余計に病状が重いことを意味します。よって、高血糖症による脳卒中の悪化は、脳細胞の小胞体ストレスが原因と考えられます。ケルセチンはGRP78を低減して小胞体ストレスを緩和するので、たとえ高血糖症であっても脳卒中を改善して、生存率が50%から90%に高まりました。
以上、ケルセチンが、困難とされている高血糖症の脳卒中という課題の解決策となりました。
キーワード: 脳卒中、高血糖症、ケルセチン、小胞体ストレス、GRP78