ケルセチンが心的外傷後ストレス障害を改善する仕組み
出典: Neuroscience 2025, 576, 199-212
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S030645222500329X
著者: Mega Obukohwo Oyovwi, Ejime A. Chijiokwu, Arientare Rume Rotu, Ejayeta Jeroh, Paul Chinwuba, Benneth Ben-Azu, Esthinsheen Osirim, Eze Kingsley Nwangwa
概要: 心的外傷ストレス障害(PTSD)とは生死にかかわる体験をした後に、不安・不眠・動悸といった反応で日常生活に支障をきたす症状です。以前、戦争に起因するPTSDをケルセチンが改善した話題を紹介しました。今回の研究では、ケルセチンによるPTSDの改善の仕組みがラットを用いる動物実験にて解明されました。
ラット14匹に生死にかかわる体験を施してPTSDを誘発しました。生死にかかわる体験とは、以下4項目から成る一連のストレスの負荷です。1) ラットを体長と同じ大きさの筒に閉じ込め、前後にも左右にも動けない状態を2時間継続しました。2) その後20分間水たまりに放置しますが、水深は体長より長いため、溺れないように絶えず体を動かします。3) エーテルを嗅がせて失神させ、4) 意識が戻ったら足に電気ショックを与えました。PTSDの誘発から7~28日後を治療期間に当てました。7匹ずつ2群に分け、片方にはケルセチン20 mg/kgを毎日投与し、もう片方にはケルセチンを投与せず比較対照としました。また、PTSDを誘発しないラット7匹を正常群として別に用意しました。
ケルセチンによるPTSDの改善効果は、社会的相互作用試験で調べました。試験時間の600秒の内、馴染みのないラットが居る部屋に滞在した時間は、正常群: 290秒、ケルセチン投与群: 240秒、ケルセチン非投与群: 130秒でした。PTSD の特徴として社交性の欠如があり、他者との接触を避けようとしますが、正常群とケルセチン非投与群の違いに現れています。ケルセチンの投与により社交性が正常群に近づいたのは、PTSD の治療効果を端的に示しています。
次に、ケルセチンによる改善の仕組みを知るべく、脳の中身を詳しく調べました。脳で作られ、脳神経による情報のやり取りを仲介する神経伝達物質2種類に、顕著な違いが見られました。セロトニンという神経伝達物質の濃度は、正常群: 490 μg/g、ケルセチン投与群: 380 μg/g、ケルセチン非投与群: 220 μg/gでした。セロトニンには「幸せホルモン」という別名がある位で、脳で分泌されると心の安静と幸福感が得られます。よって、セロトニンの不足はPTSDの要因として妥当であり、ケルセチンの投与で回復しています。違いがあったもう一つの神経伝達物質はドーパミンで、その濃度は、正常群: 98 μg/g、ケルセチン投与群: 73 μg/g、ケルセチン非投与群: 42 μg/gでした。ドーパミンの分泌は集中力ややる気に関係しており、PTSD で不足しケルセチンが回復した事実は、仕組みとして明確です。
神経伝達物質に他に、カスパーゼ-3という細胞死を誘導する蛋白質にも違いがあり、正常群: 0.12 ng/mL、ケルセチン投与群: 0.18 ng/mL、ケルセチン非投与群: 0.39 ng/mLでした。PTSD では脳細胞の死が活性化していましたが、ケルセチンによる細胞死の抑制が読み取れます。
以前紹介した戦争によるPTSDの話題では、ケルセチンが改善した事実のみで、その仕組みまでは不明でした。今回の研究成果としてケルセチンの働きが解明され、神経伝達物質の回復と脳細胞死の軽減が判明しました。
キーワード: 心的外傷後ストレス障害、ケルセチン、社会的相互作用試験、神経伝達物質、細胞死