ルチンとアトロピンは新興ウィルスToBRFVからトマトを守る
出典: Microbial Pathogenesis 2025, 205, 107587
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0882401025003122
著者: Mehrdad Salehzadeh, Keramatollah Izadpanah, Alireza Afsharifar
概要: ToBRFVとは”tomato brown rugose fruit virus”の略で、直訳すると「トマトを茶色いシワシワの実にするウィルス」になります。2014年にイスラエルで発生した新興ウィルスながら、この10年で感染地域は35か国に拡大しました。トマトの他に唐辛子やピーマンにも生育不良をもたらして農業に大打撃を与える厄介な存在ですが、ToBRFVに有効な農薬がないのが現状です。今回の研究では、ルチンとアトロピンがToBRFVに強い抗ウィルス活性を示すことが発見され、その仕組みも一部が解明されました。ルチンとはケルセチンに糖が2個結合した化合物であり、アトロピンとはナス科の植物が産出する天然物で目薬に配合されています。
実験には、タバコ(吸う煙草ではなく、その原料となる植物体)を用いました。タバコの葉にToBRFVを塗って感染させます。第一の実験は、被験物質(ルチン又はアトロピン)によるToBRFVの不活性化を調べました。被験物質を添加して24時間経過したToBRFVを葉の右半分に塗り、被験物質で処置しないToBRFVを左半分に塗りました。7日後に葉の状態を調べます。健康な部分は緑色ですが、ToBRFVが悪さをすると黄色く枯れてしまいます。黄色くなった病気部分の面積を比較して、被験物質がどれだけToBRFVを不活性化したかの評価基準とします。ルチンは枯れた部分を58.4%減少し、アトロピンは64.6%減少して、両者ともToBRFVを不活性化したことが分かりました。面白いことに、ルチンとアトロピンの両方を組合せて処置したToBRFV場合、枯れた部分は83.0%減少して、それぞれの単独処置と比べて、組合せで不活性化が大幅に増強されました。
第二の実験では予防効果を調べました。被験物質を葉の右半分に塗り、24時間にToBRFVを葉全体に塗りました。同じく7日後に葉の状態を比較しますが、この実験における枯れた部分の減少分は、被験物質による予防の指標となります。ルチンの減少分は63.2%、アトロピンの62.5%に対して、組合せは89.4%に達しました。よって、組合せによる増強は予防効果にも現れました。第三の実験は治療効果を調べますが、第二の実験とは塗る順番を反対にします。すなわち、先にToBRFVを葉全体に塗り、24時間に被験物質を右半分に塗って、減少分を治療の指標とします。ここでも同様の傾向が見られ、減少分はルチン: 35.6%、アトロピン: 32.6%、組合せ: 61.0%です。
タバコを用いる3種類の実験で、ToBRFVの不活性化・予防効果・治療効果が分かりましたが、最後にその仕組みを解明すべく、被験物質によるToBRFVの遺伝子変化を調べました。その結果、レプリカーゼという蛋白質をを作る遺伝子の発現が大幅に低下していました。ルチン・アトロピン・組合せを投与したToBRFV は、この遺伝子が元の4.2%・5.4%・3.4%になりました。ToBRFVに限らずウィルスの増殖にはレプリカーゼが働きます。従って、ToBRFVの増殖は著しく困難になる位までレプリカーゼが低下していますので、強力な不活性化・予防効果・治療効果の裏付けが取れました。
ルチンとアトロピンには、外敵から身を守るために植物が産出する共通点があります。ある意味、当然の結果かも知れませんが、新興ウィルスまで撃退した点は驚きです。
キーワード: ToBRFV、ルチン、アトロピン、不活性化、予防効果、治療効果、レプリカーゼ