ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ルチンが心筋の虚血再灌流傷害を軽減する仕組み

出典: ACS Omega 2025, 10, 21777–21785

https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acsomega.5c01408

著者: Kejun Tian, Lijuan Song, Liping Liu, Tao Lai, Wenxia Liu

 

概要: 虚血再灌流(きょけつさいかんりゅう)傷害とは、臓器や組織の血流を止める操作(虚血)の後、再び血液を流す(再灌流)時に見られる損傷です。虚血再灌流で生じる毒性物質が臓器や組織を傷つけるために起こるので、「障害」ではなく「傷害」です。典型的な例として心臓手術があります。手術中は心臓の血液を止めますので虚血状態にあり、手術後に再灌流すると、しばしば血管が詰まる心筋梗塞が見られます。この時に起きた心筋梗塞こそが、虚血再灌流傷害です。今回の研究では、ケルセチンに糖が2個結合したルチンが心筋の虚血再灌流傷害を軽減し、その仕組みも解明されました。

まずマウスに麻酔を行い、左胸を開く手術で心臓を露出しました。心臓の前面にある冠動脈の枝を糸で30分間縛り虚血した後、120分間の再灌流を行い、最後に縫合しました。10匹のマウスに心筋の虚血再灌流を行いましたが、半分の5匹は手術前にルチン10 mg/kgを投与し、残りの5匹には投与せずにルチンの影響を調べました。これとは別に5匹のマウスを用意して、左胸の開閉手術のみ行い、動脈の縛りを省略しました。これは、偽手術と呼ばれる操作で、麻酔や胸部を開くまでは同一の条件にしておいて、虚血再灌流の有無だけが違う実験とするために行われました。

手術から2週間後に心筋梗塞の度合い調べ、虚血再灌流傷害の違いを比較しました。偽手術群の全心筋組織に占める閉塞部分の割合は14%でしたが、ルチン非投与群では68%に上昇しており、心筋の虚血再灌流が心筋梗塞を招いたことが良く分かります。これぞ、心筋の虚血再灌流傷害です。しかし、ルチン群では閉塞部分が28%にまで減少しました。また、心筋梗塞の深刻度は血液を調べても知ることができます。血液中に存在するクレアチンキナーゼMBという物質は心筋梗塞の指標で、数値が大きい程重症ですが、偽手術群: 65 U/L、ルチン非投与群: 220 U/L、ルチン群: 85 U/Lというデータでした。以上の結果、予めルチンを投与すると、虚血再灌流に起因する心筋梗塞を見事に抑制できました。

心筋梗塞が死に至るのは、血管が詰まった結果、心筋組織が壊死して心機能が失われるためです。心筋組織の壊死とは、構成する心筋細胞にパイロトーシスと呼ばれる細胞死の誘導です。パイロトーシスとは炎症を原因とする細胞死ですが、NLRP3インフラマソームという蛋白質の集団が活性化するとパイロトーシスが増えることが知られています。そこで、各マウスの心筋におけるNLRP3インフラマソームの陽性率を比較しました。偽手術群では30%が陽性でしたが、ルチン非投与群は62%に上昇し、ルチン群は39%でした。NLRP3インフラマソームの活性化は心筋梗塞の大元と見なすことができますが、ルチンの投与は陽性率を正常近くに維持しています。従って、虚血再灌流はパイロトーシスを誘導するスイッチをオンにしますが、ルチンでオフになったと解釈できます。

以上、ルチンによる心筋の虚血再灌流傷害(心筋梗塞)を軽減した仕組みは、NLRP3インフラマソームの不活性化による心筋組織のパイロトーシスの抑制です。ルチンを多く含む食品は、そばが代表例です。普段からそばを多く摂って、ルチンでパイロトーシスを抑制して、心筋梗塞を予防しましょう。

キーワード: 虚血再灌流傷害、ルチン、心筋梗塞、NLRP3インフラマソーム、パイロトーシス