ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンとゲムシタビンとの組合せによる、膵癌の新しい治療法

出典: Biochemical and Biophysical Research Communications 2025, 772, 152033

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0006291X25007478

著者: Xinshi Huang, Zhengde Wen, Huajie Cai, Dinglai Yu

 

概要: 膵癌とは、消化液とホルモンの分泌を担う重要な臓器である膵臓に発生する癌です。ゲムシタビンという抗癌剤が膵癌の第一選択薬ですが、5年後の生存率が10%という事実が示す通り、十分な治療効果とは言えません。生存率が低い理由は、膵癌細胞がゲムシタビン耐性を獲得するためであり、より確実な治療法が渇望されています。今回の研究では、ケルセチンがゲムシタビンの抗癌作用を増強することが発見され、希望の光が見えてきました。

PANC-1という膵癌細胞にゲムシタビンを20 μMの濃度で投与した際の24時間後の生存率は、100%でした。すなわち、この濃度ではPANC-1が死滅せず、抗癌作用がないことを意味します。ゲムシタビン濃度を20 μMで固定しておき、ケルセチンの濃度を変えて、両者の組合せを投与する実験を行いました。その結果、ケルセチン濃度が上がるに従い、PANC-1の生存率は低下しました。ケルセチン濃度が50 μM の時の生存率は70%となり、100 μMでは 55%でした。この事実は、ゲムシタビンが持つ抗癌作用をケルセチンが増強したことを意味します。

ケルセチンによる増強という重大な発見であるため、PANC-1で何が起きたか詳しく調べました。その結果、STAT3とCPT1Bの2種類の蛋白質に顕著な違いがありました。ケルセチン100 μMの単独投与時、ゲムシタビン20 μMの単独投与時、組合せの投与時におけるCPT1Bの発現は、投与前の発現を1.0とした時の相対比で0.1, 0.3, 0.05となりました。STAT3でも同様の傾向が見られました。先月、STAT3は糖尿病性腎症の治療標的と述べましたが、膵癌に限らず多くの癌で活性化しており、癌の標的でもあります。よって、STAT3を阻害したのは不思議ではありませんが、CPT1Bとは脂肪酸を細胞のミトコンドリアなる部位に送る蛋白質です。従ってCPT1Bとは意外な発見であり、STAT3と関連があるのか?という疑問が湧きました。PANC-1を遺伝子操作して、STAT3が過剰発現する状態と、全く発現しない状態の2通りを作りました。この時のCPT1Bの発現を調べたところ、前者では通常の9倍となり、後者では通常の1/10以下でした。ゆえにSTAT3とCPT1Bとは連動しており、ケルセチンやゲムシタビンがSTAT3とCPT1Bを同時に阻害したのは偶然ではなく、STAT3とCPT1Bをセットで阻害したことが判明しました。

癌の進行の本質は癌細胞の増殖ですが、そのためにエネルギーが必要です。癌細胞に限らず、正常細胞を含めた全ての細胞でエネルギーを作る場所がミトコンドリアで、脂肪酸はエネルギーの元です。従って、ケルセチンやゲムシタビンがPANC-1を死滅したのは、エネルギー不足の状態になったためという仮説が立ちます。これを実証すべく、PANC-1にケルセチン・ゲムシタビン・アセチルCoAの3者の組合せを投与しました。アセチルCoAとは別の姿をした脂肪酸で、CPT1Bの働きなしでもミトコンドリアに入り、エネルギー源となります。結果はPANC-1は死滅せず生存して、アセチルCoAがケルセチンとゲムシタビンの抗癌作用を打消し、仮説は検証されました。

以上の結果、従来のゲムシタビンによる膵癌の治療にケルセチンを組合せると、癌細胞のエネルギーを枯渇することが期待され、新しい治療法となりそうです。

キーワード: 膵癌、PANC-1、ケルセチン、ゲムシタビン、STAT3、CPT1B、エネルギー