ケルセチンによるアルコール性脳損傷の治療
出典: Apoptosis 2025, 30, in press
https://link.springer.com/article/10.1007/s10495-025-02125-w
著者: Yang Zhang, Binchuan Wang, Lisha Liu, Xu Huang, Yu Cai, Lishang Liao, Xuefeng Min, Yingjiang Gu
概要: アルコール性脳損傷とは、過度の飲酒が脳神経を傷つけ、記憶力や言語能力のような認知機能が低下した状態です。お酒を飲み過ぎて頭がおかしくなったという話を時々聞きますが、これがアルコール性脳損傷です。今回の研究では、アルコールを過剰摂取したラットのアルコール性脳損傷をケルセチンが改善したことが示され、その仕組みも一部が解明されました。
脳で認知機能を司る海馬を構成するH22という細胞を2.5%のアルコールで刺激すると、24時間以内に40%が死滅しました。アルコール性脳損傷を細胞レベルで再現したことになりますが、ケルセチンを80 μMの濃度で添加したH22細胞では、アルコールによる細胞死を15%に抑えました。細胞死を誘導するBaxという蛋白質は、ケルセチンが存在しないとアルコールを加える前後で2倍に増加しましたが、ケルセチンの存在下では変化がなく一定でした。
よって、ケルセチンは海馬細胞H22のアルコールによる細胞死を阻害しましたが、H22に限らず細胞死が起きる時にはJNKとP38の2種類の蛋白質が活性化します。そこで、JNK阻害物質とP38阻害物質をそれぞれ同様の実験に付したところ、両者ともケルセチンと同様にアルコールによるH22の細胞死を阻害しました。当然ながら、JNK阻害物質はJNKを不活性化してもP38は不活性化せず、反対にP38阻害物質はP38のみを不活性化しました。ケルセチンはJNKとP38の両方を不活性化しており、H22をアルコールから保護した仕組みが明らかになりました。
細胞実験でケルセチンの効果が確認できたため、次に動物実験で検証しました。ラット32匹に53%アルコール15 mL/kgを12週間継続して飲ませて、アルコール性脳損傷を誘発しました。体重60 kgのヒトであれば、アルコール度53のラム酒900 mLを毎日飲むイメージです。8匹ずつ4群に分け、アルコール投与の6時間後に用量を変えて(0, 25, 50, 100 mg/kg)ケルセチンを投与しました。13~16週目には、ケルセチン投与のみ継続して治療期間としました。これとは別に、アルコールを投与しない8匹の正常ラットも用意しました。17週目に、各ラットの海馬の状態と認知機能を検査しました。海馬の100ミクロン四方における、生きた細胞数は正常群: 120個、ケルセチン0群: 10個、ケルセチン25群: 20個、ケルセチン50群: 35個、ケルセチン100群: 95個でした。ケルセチンの投与量が増えるにつれ、アルコールが低下した海馬細胞の生存率が回復しました。認知機能はモリスの水迷路にて評価しましたが、浅瀬のあった場所に到達するまでに要した時間は正常群: 12秒、ケルセチン0群: 45秒、ケルセチン25群: 28秒、ケルセチン50群: 26秒、ケルセチン100群: 12秒でした。アルコール性脳損傷による認知機能の低下は、ケルセチンが用量依存的に改善しましたが、特筆すべきはケルセチン100 mg/kg群では正常群と同等なレベルに回復した点です。また、細胞実験で明らかにしたJNK/P38両蛋白質の不活性化は、ラットの海馬でも確認できました。
以上、ケルセチンにはアルコール性脳損傷の治療効果がありますが、くれぐれも適切な飲酒量に留めましょう。
キーワード: アルコール性脳損傷、ケルセチン、海馬、H22、JNK/P38、認知機能