ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンはぶどう膜悪性黒色腫の転移を阻害する

出典: Life 2025, 15, 979

https://www.mdpi.com/2075-1729/15/6/979

著者: Petra Fodor, József Király, Zsuzsanna Szabó, Katalin Goda, Barbara Zsebik, Gábor Halmos

概要: ぶどう膜悪性黒色腫とは、眼の前面にあるぶどう膜という部位に発生する癌です。日本での年間発症数が約50件と非常に少ない癌ですが、眼から肝臓への遠隔転移が起きやすく、5年後の生存率は50%と非常に低いのが特徴です。突然ほくろ大きくなり検査したら皮膚癌だった話を耳にしますが、これこそが悪性黒色腫で、別名「ほくろの癌」と呼ばれます。ほくろの癌こと悪性黒色腫は皮膚にできるのが通常ですが、ごく稀にぶどう膜にも発症します。稀少な癌ゆえに治療法が十分確立されておらず、最も厄介な転移には対処する手段がないのが現状です。今回の研究では、ぶどう膜悪性黒色腫細胞において、ケルセチンが転移に関与する蛋白質を大幅に減少したことが発見されました。

MM28というぶどう膜悪性黒色腫細胞に1 μMの濃度でケルセチンを作用し、72時間後の変化を調べました。その結果、2種類の蛋白質が大幅に低下しており、ビメンチンとエンドグリンが半分以下になりました。この2蛋白質の共通点は「上皮間葉転換」という、癌細胞が他の組織に移動する遊走(ゆうそう)能力を獲得する現象です。ビメンチンは上皮間葉転換を実行する蛋白質で、エンドグリンは上皮間葉転換を助ける蛋白質であり、その両方をケルセチンが低減しました。上皮間葉転換に関連する他の蛋白質も調べたところ、評価対象の5種類の内4種類が減少しており、MM28細胞の上皮間葉転換はケルセチンが阻害したと結論しました。

上皮間葉転換を阻害できたので、その先にある遊走に関連する蛋白質も調べました。マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)という蛋白質があり1~28の種類がありますが、遊走を実行するのはMMP-2・MMP-8・MMP-9の3つとされています。ケルセチンはMMP-8を約1/4に減少して、MM28の上皮間葉転換に加えて遊走も阻害しました。ちなみに、MMP-2と9の発現量には変化がありませんでした。遊走と転移とは他の組織に移る点は一緒ですが、厳密には区別します。遊走とは癌細胞に関する現象で、MM28細胞がぶどう膜から肝臓へ移動することで、主に血液やリンパ液を介して運ばれます。対して転移とは、他の組織に腫瘍が新たに形成される現象です。ぶどう膜悪性黒色腫が肝臓に転移したとは、ぶどう膜悪性黒色腫の発症した時点で肝組織に異常がなく、その後で肝癌が新たに見つかった際に使われます。従って、転移の前段階として癌細胞の上皮間葉転換と遊走があり、ここをケルセチンが阻害したことになります。

最後に、上皮間葉転換を阻害する仕組みを調べる実験を行いました。PI3K/AKTシグナル伝達が、上皮間葉転換を誘導することが知られています。PI3Kという蛋白質にリン酸が結合すると、その結合体をAktという蛋白質が感知して、今度はAktにもリン酸が結合する現象です。ケルセチンの投与でAktに変化はありませんでしたが、リン酸化されたAktは1/3に減少しました。面白いことにPI3Kはむしろ増加しており、ここだけで判断すればPI3K/AKTシグナル伝達は活性化しています。しかし、リン酸化されたAktの減少はリン酸の切断が示唆され、PI3K/AKTシグナル伝達は阻止されました。結果として、その下流にあるMM28細胞の上皮間葉転換と遊走は、ケルセチンが阻害しました。

キーワード: ぶどう膜悪性黒色腫、MM28、ケルセチン、上皮間葉転換、遊走、転移、PI3K/AKT