ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンによる胃癌の治療におけるNR3C1の役割・前編

出典: Toxicon 2025, 265, 108477

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0041010125002521

著者: Ting Liu, Ying Wang, Min Peng, Fanghua Qi, Yuan Liu, Hailing Ding, Fang Chen

 

概要: 厚生労働省の発表によると、日本人の胃癌患者数は7万5千名で、前立腺癌・肺癌・大腸癌に続く4位でした。女性患者数は3万5千名で、乳癌・大腸癌・肺癌に続く4位を占め、胃癌がいかに多いかよく分かります。手術や薬あるいは併用して胃癌を根治しても、再発しやすいため、予後が悪いのが特徴です。ちなみに、初期の胃癌であれば5年後の生存率は90%ですが、進行したステージだと30%まで低下します。今回の研究は、ケルセチンが胃癌に効く仕組みが解明され、胃癌における予後を悪化する正体の一つであるNR3C1という蛋白質の働きを抑えることが発見されました。

AGSという胃癌細胞に40 μMの濃度でケルセチンを投与すると、時間の経過に従って生存率が低下しました。すなわち、24時間後のAGSは75%が生存していましたが、48時間後には45%となり、72時間後には30%となり、ケルセチンは徐々にAGSを死滅させました。ケルセチンは一体どの部分に作用しているのか、物質の構造と電気的な性質を基に、親和性が高く作用しやすい蛋白質を予測するソフトで解析を行いました。その結果、AGSに存在する蛋白質の中では、NR3C1が最もケルセチンと親和性が高いことが判明しました。実際、24時間後のAGSを調べると、75%は生存していながら、NR3C1の発現量はケルセチンを加える前の20%でした。24時間後の時点で既にケルセチンによるNR3C1の発現抑制は終了しており、それ以降に死滅効果を本格的に発揮します。

では、ケルセチンが抑制するNR3C1とは何かを知るべく、胃癌患者400名と健常者200名のデータを調べたところ、患者さんの方がNR3C1を多く発現していました。また、患者さんの中でもNR3C1の発現量には個人差があり、半分から上の高発現群200名と下の低発現群200名の2グループに分けて、追跡調査を行いました。10か月までの生存率には両群間に差がありませんでしたが、その後から差が開き始め、20か月後の生存率は低発現群が70%で高発現群が60%でした。40か月後には55%と40%で更に開き、60か月後には50%と25%のピークとなりました。しかし、60~80か月後に低発現群の生存率が急速に低下するので、80か月後は20%で同じになります。以降は120か月後まで、両群とも20%で一定です。従って、NR3C1は胃癌における余命を短くする因子であり、高発現すると余命が短くなることが分かりました。

どんなに健康な人でも、1日に約1000個の細胞が癌化しています。それでも癌を発症しないのは、白血球の中にあるナチュラルキラー細胞(NK細胞)が、癌化した細胞を取り除くためです。生まれつき(ナチュラル)殺傷する(キラー)能力を持つので免疫細胞とも呼ばれ、NK細胞による癌細胞の死滅は免疫原性細胞死と呼ばれます。先程の400名のデータにて、NR3C1の発現とNK細胞の数には負の相関がありました。すなわち、NR3C1の発現が増加する程、NK細胞の数は減少する傾向にあり、NR3C1の高発現群にはNK細胞に働きが期待できないことを意味します。

従って、NR3C1が余命を短くし、NR3C1の発現を低下したケルセチンがAGSを徐々に死滅したことの裏付けとなります。また、ケルセチンはAGSに免疫原性細胞死を誘導したことを示唆しました。では、ケルセチンが実際にどのような活躍をするのか、後編で見て行きます。後編に続く

キーワード: 胃癌、ケルセチン、NR3C1、AGS、余命、NK細胞、免疫原性細胞死