ケルセチンによる胃癌の治療におけるNR3C1の役割・後編
出典: Toxicon 2025, 265, 108477
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0041010125002521
著者: Ting Liu, Ying Wang, Min Peng, Fanghua Qi, Yuan Liu, Hailing Ding, Fang Chen
概要: 免疫原性細胞死を誘導する主要な要素として、小胞体ストレスが挙げられます。細胞内にある小胞体にて、蛋白質が本来の姿とは異なる構造に変化した状態を小胞体ストレスと呼び、機能の低下や細胞死をもたらします。従って、NK細胞による免疫原性細胞死の前に、まずは小胞体に異常構造の蛋白質を蓄積して、小胞体ストレスを生じる必要があります。
そこで、ケルセチンを40 μMの濃度で投与したAGSにて、CHOPという蛋白質の挙動を調べました。CHOPとは小胞体ストレスにおける異常構造の蛋白質が誘導する物質で、CHOPの量に応じて小胞体ストレスの程度が分かる指標です。まだ75%が生存している24時間後でも、CHOPの量はケルセチン投与前の3.4倍になっており、NR3C1の発現の抑制に加えて、小胞体ストレスは確かに生じていました。小胞体ストレスを免疫原性細胞死の必要条件とすれば、十分条件となるのは免疫原性細胞死によって生成する物質の存在です。代表的な生成物質としてCRTがありますが、同じく24時間後にて3.1倍に増えていました。本格的なAGSの死滅はそれ以降であっても、24時間後に死滅した25%は免疫原性細胞死であったことを示唆する結果です。
次に、ケルセチンとNR3C1との関係を知るための実験を行いました。AGSを遺伝子操作して、NR3C1が過剰発現した状態を作りました。これに先程と同様に、40 μMのケルセチンを投与しましたが、72時間経過しても生存率は変わりませんでした。CHOPとCRTの量にも変化がなく、小胞体ストレスも免疫原性細胞死も起きませんでした。ケルセチンはNR3C1の発現を減少しますが、過剰発現ていると減少量が追い着かず、AGSの死滅には至りませんでした。
最後に、ケルセチンの働きをマウスで検証しました。マウス15匹を10匹と5匹に分け、前者には通常のAGSを前脚に注射し、後者にはNR3C1が過剰発現したAGSを注射しました。通常のAGSを移植した10匹は5匹ずつ2群にに分け、片方にはケルセチン40 mg/kgを投与し、もう片方はケルセチン投与を省略して、ケルセチンの効果を見るための比較としました。また、NR3C1が過剰発現したAGSを移植した5匹にもケルセチン40 mg/kgを投与して、NR3C1の影響を調べました。2週間の投与期間が終了した後の、腫瘍組織の重さと体積は以下の通りでした。AGS非投与群: 0.65 g, 1050 mm3、AGSケルセチン投与群: 0.38 g, 350 mm3、NR3C1/AGSケルセチン投与群: 0.70 g, 950 mm3。従って、ケルセチンによる治療効果は通常のAGSを移植したマウスには有効でも、NR3C1が過剰発現すると無効で、細胞実験と同じ結果を与えました。腫瘍組織に含まれるCHOPとCRTにも同様の傾向が見られ、AGS非投与群とNR3C1/AGSケルセチン投与群では同レベルで、AGSケルセチン投与群はその4~6倍でした。よって、ケルセチンがNR3C1の発現を減少して小胞体ストレスを誘導し、続く免疫原性細胞死にてAGSを死滅する仕組みがマウスでも再現できました。
以上、ケルセチンによる効果は免疫原性細胞死に基づく抗癌作用であり、胃癌患者も余命と密接に関連したNR3C1の発現抑制が根底にありました。
キーワード: 胃癌、ケルセチン、小胞体ストレス、免疫原性細胞死、AGS、NR3C1