ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンは、脊髄損傷に伴う歩行障害と痛みの両方を軽減する

出典: APL Bioengineering 2025, 9, 036108

https://pubs.aip.org/aip/apb/article/9/3/036108/3355940

著者: Xiangsheng Zhang, Yu Cao, Lu Li, Yike Liu, Pengyu Zhou, Yupei Lai, Suo Wang, Yuefen Zuo, Jiahao Chen, Chuying Chen, Jiurong Cheng, Yingdong Deng, Ziqiang Lin, Simin Tang, Peng Sun, Yan Zhang, Jun Zhou

 

概要: 脊髄(せきずい)とは背骨の内側にある神経の束で、脳から手足などを動かす指令を伝えたり、各部位が受け取った温度や痛みなどの感覚を脳に伝える器官です。この脊髄に外部から強い力がかかって傷ついた状態が脊髄損傷ですが、原因の多くは怪我です。容易に想像がつくことですが、脊髄損傷には痛みが伴い、脊髄の働きが十分でないと歩行が困難になります。今回の研究は、ケルセチンが脊髄損傷に伴う歩行障害と痛みの両方を改善したことが、マウスを用いる実験で検証されました。

遺伝子のデータベースを検索して、脊髄損傷に関連する遺伝子と、神経障害性の痛みに関連する遺伝子を検索しました。両者に共通する遺伝子は全部で30種類ヒットしましたが、普段は発現が小さく脊髄損傷を発症すると大幅に発現する遺伝子という条件を付けると、6種類に絞り込めました。6種類の機能と関連する細胞で絞り込んで、Ccr5という遺伝子を特定しました。どうやらCcr5の発現を抑制できれば、脊髄損傷と痛みが改善できそうです。Ccr5は遺伝子なので、Ccr5が作り出す蛋白質の構造をコンピュータグラフィックにて解析した所、ケルセチンが入り込める空間がありました。さらにこの蛋白質に、ケルセチンが安定して結合することも予想されました。

背骨は4つの部分に分けられますが、上から2番目に胸椎という場所があり全部で12個の骨で構成されます。麻酔したマウス16匹を手術して胸椎を露わにし、上から9番目の骨をハンマーで叩いて脊髄損傷のマウスを作りました。背中を縫合した後8匹ずつ2群に分け、2週間に渡るケルセチン投与の有無を比較しました。これとは別に、脊髄損傷にしていない正常マウスを8匹用意しました。

歩行障害の程度は、BMSという指標で評価しました。BMSとはBasso mouse scaleの略で、Bassoさんという人が考案しました。正常に歩けるマウスを9点とし、全く歩けない時を0点と評価しますが、当然ながら正常マウスは2週間を通して9点でした。脊髄損傷により9点から0点に落ち込む点はケルセチン群も非投与群も同じですが、3日目頃から回復に違いが見られ始めました。7日目はケルセチン群が4点(足底でステップが出来る)、非投与群が2点(足の関節を動かせる)と顕著に差がつきました。投与の最終日の14日目には、ケルセチン群が6点(頻繁にステップして前脚との協調がある)、非投与群が4点と更なる差がつき、ケルセチンによる歩行障害の改善が明らかになりました。

一方、痛みの評価は前脚に錘を載せ、耐えられずに前脚を引いた時の重さを指標としました。この重さは疼痛閾値と呼ばれ、疼痛とは痛みのことを意味し、閾値とは境界となる値です。従って、これ以上重いと痛がる重さが疼痛閾値です。1~7日目の疼痛閾値は全てのマウスで5.5 gで差がなく、痛みは脊髄損傷の後遺症として現れました。最終的に正常群: 5.5 g、ケルセチン群: 4.9 g、非投与群: 3.5 gとなり、ケルセチンは痛みも改善しました。また、当初予測されたCcr5遺伝子の発現ですが、正常群を1として時の相対比はケルセチン群: 1.1、非投与群: 1.9であり、予想どおりでした。

以上、ケルセチンは脊髄損傷の典型的な症状である歩行障害を改善し、同時に痛みも軽減しました。

キーワード: 脊髄損傷、歩行障害、痛み、遺伝子、Ccr5、ケルセチン、BMS、疼痛閾値