ケルセチンは形態覚遮断近視の進行を遅らせる
出典: Experimental Eye Research 2025, 258, 110485
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0014483525002568
著者: Lingfeng Lv, Danyang Che, Zewei Zhang, Weijie Zhang, Qimin Zhou, Fang Li, Jibo Zhou
概要: 形態覚遮断近視とは、視覚が発達する乳幼児期に先天性の白内障などで、眼が受取る刺激の遮断を原因とする近視です。矯正視力が1.0に満たないと「近視」が「弱視」に置き換わります。近視の範囲内であれば眼鏡やコンタクトレンズで対応可能ですが、弱視であれば手術を要する場合もあります。今回の研究は、ケルセチンが形態覚遮断近視の進行を遅らせることがモルモットを用いる実験で発見され、その仕組みの一部も解明されました。
穴の開いたゴムのマスクをモルモットの顔に被せ、左眼に穴を合せます。すなわち、右眼はマスクで光が遮断され形態覚遮断近視の原因としますが、左眼は通常の状態を保ちます。モルモット24匹を6匹ずつ4群に分け、1) マスクもケルセチン投与もなし、2) マスクなし、ケルセチン投与あり、3) マスクあり、ケルセチン投与なし、4) マスクもケルセチン投与もあり、の各処置を4週間継続しました。ケルセチンの投与は、1日2回1%のケルセチン溶液を点眼しました。処置期間が終了した後、眼でレンズの働きをする水晶体の屈折異常と、眼の表面(角膜)から奥(網膜)までの長さに相当する眼軸長を調べました。正常な眼では、水晶体に入った光が屈折して網膜で焦点が合います。焦点が網膜からずれた距離が屈折異常で、網膜より手前に焦点があると近視でマイナスの値を与え、焦点が網膜より先にあると遠視でプラスの値となります。眼軸長が長くなると網膜の手前で焦点が合うため近視を意味し、短くなると遠視です。マスクで光を遮断した形態覚遮断近視のモデルは右眼のみゆえ、屈折異常・眼軸長ともに、右眼と左眼との差に着目しました。1)と2)では両者とも左右の差がなく、正常な眼にケルセチンを点眼した影響は、全くありませんでした。3)の屈折異常は-4.5 Dの差、眼軸長には+0.3 mmの差があり、右眼が近視です。4)では屈折異常に-2.2 Dの左右差を認めましたが、眼軸長には差がなく、3)と比べて近視の度合いが軽減されました。ちなみに-4.5 Dの屈折異常は裸眼視力0.07の中度近視に相当し、-2.2 Dは裸眼視力0.2の軽度近視に相当します。従って、4週間マスクで光を遮断した結果、視力が0.07に低下しましたが、ケルセチンの点眼で0.2程度に抑えることが出来ました。これこそ、ケルセチンによる形態覚遮断近視の進行の抑制効果です。
眼球の白目の外側を覆う強膜という組織を詳しく調べた結果、3)の右眼では小胞体ストレスが目立ちました。細胞には小胞体と呼ばれる部位がありますが、小胞体の中にある蛋白質が本来の姿とは異なる構造に変化すると機能の低下や細胞死をもたらし、小胞体ストレスと呼ばれます。異常形状の蛋白質の数が限界を超えると応答する蛋白質3種類と、小胞体ストレスが生じると応答する蛋白質3種類の計6種類を調べましたが、1)2)4)では左右の強膜で発現量に差がありませんでした。一方3)では6種類全てが1.8~2.3倍の開きがあり、右強膜の小胞体ストレスが顕著でした。特筆すべきことに、ケルセチンの点眼で形態覚遮断近視の原因である小胞体ストレスが正常化されました。
以上、4週間光を遮断したモルモットの形態覚遮断近視はケルセチンが進行を抑制しましたが、その仕組みは小胞体ストレスの阻害でした。
キーワード: 形態覚遮断近視、ケルセチン、屈折異常、眼軸長、強膜、小胞体ストレス