精神的ストレスを原因とする手術後の痛みの持続は、ルチンが解消する
出典: International Immunopharmacology 2025, 164, 115309
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1567576925013001
著者: Yufeng Zhang, Haikou Yang, Yiting Zhao, Kun Ni, Jian Sun, Zhengliang Ma
概要: 「病は気から」は迷信や気休めではなく、科学的な根拠を示す実例を挙げることが出来ます。今回紹介する、精神的ストレスと痛みとの関係がその典型です。ストレスを与えてから手術したラットは、ストレスがないラットと比べて、手術後の痛みが継続しました。面白いことに、このストレスに起因する痛みの持続は、ルチンが軽減しました。ルチンとはケルセチンに2個の糖が結合した、ケルセチンの類似物質の一つです。
ラット32匹を8匹ずつ4群に分け、1) 精神的ストレスもルチン投与もなし、2) 精神的ストレスなし、ルチン投与あり、3) 精神的ストレスあり、ルチン投与なし、4) 精神的ストレスもルチン投与もありの各処置と前脚の手術を行いました。手術は麻酔下で行い、前脚の中央部を1 cm切開して筋肉を露出させた後、縫合しました。精神的ストレスは、狭い容器に閉じ込めて2時間身動きできなくする拘束と水中に20分間放置することをセットで、手術の前日に行いました。ルチンは、手術の前日~手術の3日後にかけて1日1回、50 mg/kgを投与しました。これとは別に8匹のラットを用意して、手術・精神的ストレス・ルチン投与を全てしない比較対照としました。
痛みの評価は前脚の手術した場所に錘を載せ、耐えられずに脚を引いた時の重さを指標としました。この重さは疼痛閾値と呼ばれ、疼痛とは痛みのことを意味し、閾値とは境界となる値です。従って、これ以上重いと痛がる重さが疼痛閾値です。比較対照の疼痛閾値は30 gで、手術していないラットが示した本体の値と見なせます。ちなみに、1)~4)の全てのラットが、手術前は30 gの疼痛閾値でした。1)の疼痛閾値ですが、手術翌日は12 gまで低下しましたが、3日後は18 gになり、5日後には元の30 gに回復しました。面白いことに2)は1)と殆ど同じ挙動を示し、精神的ストレスがない限り、ルチンは痛みに影響しないことが分かりました。さて、精神的ストレスの悪影響を示す3)ですが、手術翌日は10 gに落ち込み、14日後まで10~12 gを推移します。その後ゆっくり回復しますが、28日後に20 gになった時点で実験を打切ったため、元の30 gまでの回復は確認できませんでした。3)では手術直後の痛みが14日後まで続いたのとは裏腹に、ルチンを投与した4)ではこの期間に順調に回復しました。5日後に18 g、10日後に22 g、14日後に25 gと3)に差をつけ、17日後には30 gに戻り、ルチンの効果が実証されました。
7日後に、各ラットの脊髄を調べ、免疫を担うミクログリアという細胞の状態を比較しました。ミクログリアが活性化するとIba-1という蛋白質が発現します。Iba-1が陽性のミクログリア数は、1)と2)は比較対照と同レベルの70 個/mm2、3)は比較対照の約3倍の220 個/mm2、、4)は比較対照より多い100 個/mm2でした。1)と2)の疼痛閾値が5日後に回復したことを考量すると、7日後にミクログリアの状態が比較対照と同じであったのは合理的です。7日後の時点で3)の疼痛閾値は低迷中で4)は回復途中でしたので、ミクログリアの活性化と良好に一致しています。
従って、精神的ストレスを原因とする手術後の痛みは、ミクログリアの活性化で説明できました。また、ルチンによる軽減効果の仕組みは、ミクログリアの活性化抑制にありました。
キーワード: 精神的ストレス、ルチン、手術、痛み、疼痛閾値、ミクログリア