ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ルチンによる日本脳炎の治療

出典: Journal of Neuroimmune Pharmacology 2025, 20, 80

https://link.springer.com/article/10.1007/s11481-025-10240-3

著者: Selamu Kebamo Abate, Rohit Soni, Prasanjit Jena, Arup Banerjee, Debapriya Garabadu

 

概要: 日本脳炎はウィルス感染で発症しますが、蚊を介して感染するため、人から人へ移ることはありません。特徴的な症状には高熱・頭痛・意識障害・麻痺が挙げられ、主に神経に異常が出ます。発症した際の死亡率は約20~40%と比較的高い上、生存者の半数以上が神経障害を中心とする後遺症に苦しみます。ワクチン接種により日本脳炎の発症リスクは約80%減少しますが、適切な治療薬が存在しないのが現状です。今回の研究ではケルセチンに糖が2個結合したルチンが、日本脳炎ウィルスの増殖を阻害し、同ウィルスに感染したマウスの死亡率を大幅に改善しました。

日本脳炎ウィルスに限らずウィルスは、自力で子孫を残すことが出来ません。宿主細胞と呼ばれる特定の細胞に感染して、その細胞が有する複製機能を使って初めてウィルスは増殖できます。従って、神経細胞の一種であるSH-SY5Yを宿主とする人工的な日本脳炎ウィルスの増殖にて、ルチンの阻害効果を調べました。また、この実験は神経細胞を題材に用いるため、ウィルスが神経を損傷する日本脳炎の症状を細胞レベルで再現するシミュレーションも兼ねています。日本脳炎ウィルスに感染したSH-SY5Y細胞は、24時間後の生存率が60%となり、40%が死滅しました。しかし、ウィルス感染と同じタイミングでルチンを投与すると、生存率が改善されました。すなわち、3.12, 12.5, 50 μMの濃度でルチンを投与した際の生存率はそれぞれ、80, 91, 98%でした。

ウィルスが宿主細胞に侵入すると、自身の持つRNAを導入することから始めます。その結果、宿主細胞がウィルス増殖の場となりますが、SH-SY5Y細胞内における日本脳炎ウィルスのRNAを調べました。濃度を変えてルチンを投与した際のRNA発現量を比較しました。ルチン非投与時の発現を1.0とした時の相対比は、25, 50, 100 μMの濃度でそれぞれ、0.80, 0.75, 0.12でした。この結果は、日本脳炎ウィルスのSH-SY5Y細胞への侵入を、ルチンが阻止していることを意味します。そもそもルチンがウィルスを細胞内に入れない訳ですから、ウィルスは宿主細胞がない状態に追い込まれ、増殖が出来なくなりました。

細胞実験でルチンの活躍ぶりが明らかになりましたので、次にマウスを用いて効果を検証しました。日本脳炎ウィルスに感染したマウス24匹を6匹ずつ4群に分け、1) ルチン投与なし、2) ルチン投与10 mg/kg、3) 同25 mg/kg、4) 同50 mg/kgの各処置を行いました。投与期間は感染した翌日から10日後までの10日間で、投与頻度は1日1回です。1)は6日目に半分の3匹が死亡し、7日には残りも死亡して全滅しました。2)も1)と全く同じ挙動で、ルチンの効果はありませんでした。ところが3)では6日目に4匹が生き残り、8日目には1匹が生き残りました。4)では9日目に3匹が生きており、10日目に2匹が生き残りました。ルチンの投与量を挙げると、マウスの生存率が劇的に改善されました。最後まで生きていた3)の1匹と4)の2匹は、投与をやめた10日目以降も生きていた事は言うまでもありません。さらに凄いことに、死亡したマウスは体が硬直し、最後は足が動かなくなる神経障害が見られましたが、生き残った3匹にはこの様な症状がありませんでした。

以上、日本脳炎の治療薬がなく後遺症が問題視されている現状に、ルチンが希望の光となりました。

キーワード: 日本脳炎、日本脳炎ウィルス、ルチン、SH-SY5Y細胞、侵入阻止、生存率