ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

適切に脳へ送達したケルセチンは、既存薬と同等に記憶障害を改善する・前編

出典: RSC Pharmaceutics 2025, 2, in press

https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2025/pm/d5pm00093a

著者: Peta Nobel Reddy, Jasleen Kaur, Saba Naqvi

 

概要: 母乳には、ラクトフェリンという蛋白質が豊富に含まれています。ラクトフェリンの特徴として、鉄と結合する性質が挙げられます。脳血管と脳組織との境界には、血液脳関門という部位にはラクトフェリンを認識する「ラクトフェリン受容体」が存在するため、血液から脳に物質を移動する手助けをすることも、ラクトフェリンの重要な働きです。今回の研究では、ラクトフェリンの性質を巧みに利用して、ケルセチンを脳に確実に送達する方法が確立されました。その結果、ケルセチンが潜在的に持つ記憶障害を改善する効果をフルに発揮することが出来ました。

シリカナノ粒子を利用して、ケルセチンとラクトフェリンとを連結しました。お菓子の乾燥剤の中に入っている小さな球がシリカですが、これをナノメートル(10億分の1メートル)に微小化したのがナノ粒子です。シリカナノ粒子にラクトフェリンを化学的に結合した後、結合体の中にケルセチンを封入しました。乾燥剤には「食べられません」という注意がありますが、食べ物ではないから書いているのであって、口にしても特に体に害はありません。実際、シリカナノ粒子は薬物を効率的に送達する手段として、医薬品で汎用されています。

神経伝達を遮断する神経毒をラット25匹に飲ませて記憶障害を惹起した後、5匹ずつ5群に分けて、以下に挙げる1日1回の投与を行いました。1) 投与なし、2) ケルセチン50 mg/kg、3) ケルセチンを含むシリカナノ粒子、4) ケルセチンを含むラクトフェリンが結合したシリカナノ粒子、5) ドネペジル3 mg/kg。3)と4)はケルセチンの用量が2 mg/kgとなるように、それぞれのナノ粒子を投与しました。また5)で用いたドネペジルとは、アルツハイマー病の治療薬として20年以上の販売実績のあるロングセラーです。7日間の投与期間を経て、別に用意した神経毒を飲ませない正常ラット5匹と共に、モリスの水迷路という実験で記憶障害の度合いを比較しました。

1カ所だけ浅い場所(水深1 cm、他の場所は水深30 cm)があるプールにて、ラットを泳がせる実験です。神経毒を飲ませる直前と投与期間の終了直後の2回、ラットに学習をさせ、浅瀬の位置と周囲の景色を記憶させました。本試験では浅瀬に到達するまでの時間を図りますが、プールの水は濁っており、浅瀬の位置が見えず、周囲の景色から判断するしかありません。従って、到達時間が長ければ記憶障害がより深刻であることを意味し、到達時間の短縮をもって記憶障害の改善効果を評価します。結果は、正常群: 16秒、1): 40秒、2): 29秒、3) 20秒、4) 17秒、5) 17秒でした。1)と2)を比べるとケルセチンによる改善効果は認めますが、2)は3)や4)には及ばず、シリカナノ粒子がケルセチンの改善能力を引上げたことが分かります。しかも3) と4) におけるケルセチンの用量は2)の1/25であり、2)よりはるかに少ない量でより大きな効果が出た点にも注目です。3) と4) を比べるとラクトフェリンが更に引上げ、正常と変わらないレベルにまで到達しました。4) と5) を比べると、ケルセチンを含むラクトフェリンが結合したシリカナノ粒子は、既存薬のドネペジルと同等の効果を示しました。

後編では、記憶障害の改善効果の大きな違いは何故生じたのかを見て行きます。後編に続く

キーワード: ケルセチン、脳送達、ラクトフェリン、シリカナノ粒子、記憶障害、ドネペジル